職場がどうも合わないなら辞めても問題ない訳 拡大解釈の「やり抜く力」、方向転換のすすめ

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2004年のビーストの開始時に、ダックワースは1218人の新入生にこのグリット調査を実施した。

新入生は12の項目を読んで、それがどのくらい自分に当てはまるかを5段階で自己評価する。例えば、シンプルに労働倫理を問う項目(「私は努力家です」「私は勤勉です」など)もあれば、忍耐力や焦点がぶれないことを問う項目(「私は目標を決めるが、その後、別の目標に変えることが多い」「毎年、興味のあることが変わる」)もあった。「グリット・スコア」では「志願者総合評価スコア」よりもよい予測ができた。

そこで、ダックワースは研究の範囲をほかの領域にも広げた。例えば、単語のつづりの正確さを競う全国大会「スクリップス・ナショナル・スペリング・ビー」の決勝戦などだ。出場者がこのスペリング・コンテストでどこまで進めるかを、言語性IQ(言語を使った思考力や表現力の知能指数)とグリットの両方で予測できることをダックワースは示した。

最もよいのは言語性IQとグリットを両方とも山ほど持っている場合だが、グリットがほとんどなくても高い言語性IQが高ければ補え、逆に、言語性IQが低くても高いグリットで補えた。

ダックワースの研究は、どんどん1人歩きするようになった。スポーツチームやフォーチュン500に含まれている企業、学校、米教育省などがこぞってグリットを推奨し、グリットを育てようとし、グリットのテストまでしようとした。ダックワースはこの研究によってマッカーサー賞、通称「天才賞」を受賞したが、それにもかかわらず、この熱狂ぶりに対して、ニューヨーク・タイムズ紙の論説記事の中で次のように思慮深く応じた。

「私は意図せずに、自分が強く反対する考えに加担してしまったのではないかと心配している。それは、よい悪いを判定するような性格評価だ」

NBA選手は背が低いほうが成功する?

グリットはほかの面でも、その本来の調査結果以上に拡大解釈され、誇張されている。1つには調査範囲の問題がある。士官候補生が「志願者総合評価スコア」を基準に選ばれたという事実は、統計学者の言う「範囲の制限」につながる。

士官候補生はこのスコアが高いから選ばれたのであって、選抜された人たちの間のスコアのばらつきは非常に狭い(範囲が制限されている)。そうなると、選考のプロセスで評価されていない変数が、比較のうえで突然に重要性を増すようになる。

これをスポーツにたとえると、NBA(全米プロバスケットボール協会)の選手だけを調査対象として、バスケットボール選手の成功要因を調べたようなものだ。調査を実施したら、成功を予測する指標として、「身長は重要ではなく、意志の強さが重要だ」という結論になる可能性がある。

そもそも、人類全体の中でも背の高い人がNBAの選手に選ばれている。だから、調査対象者の間での身長のはらつきは小さいため、成功要因として、身長は重要に見えなくなってしまう。

また、年によっては「身長と得点は反比例の関係にある」という結果が出る可能性もある。研究者が「NBAの選手ではない人は調査対象から外されている」ことを公表しなければ、「身長の低い子を持てば、NBAで得点を稼げるようになる」と親たちは思うだろう。

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