《財務・会計講座》伊藤園の優先株式に見る少数株主にとっての議決権の価値

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●意外に高い少数株主議決権の価値
 優先株式と普通株式における配当以外の差異は議決権だけであるので、この格差は議決権によるものであると見なせることから、2009年10月30日現在の優先株式と普通株式の株価をもとに議決権の価値を試算してみよう。株式の時価は議決権の価値を除けば、前述のように、(1)将来支払われる配当の現在価値と、(2)将来分配される残余財産の現在価値の合計額として計算される。普通株式そして優先株式に対する配当が今現在の水準金額で今後10年間支払われ、その後、残余財産が分配されるとの想定で議決権の価値を試算することにする(表-1参照)。

 2009年10月末現在、伊藤園の普通株式と優先株式の株式β(株価の変動リスクの大きさ)は、それぞれ0.708と0.554(2009年11月06日現在、ブルームバーグによる)であった。優先株式のほうが株式βが小さくなっており、優先株式のリスクが小さいことを物語っている。この株式βをCAPM(資本資産の価格モデル)に代入することによってその期待収益率(キャッシュフローのリスクの大きさに見合った割引率)が計算できる。

 CAPMの計算式から普通株式の期待収益率は4.59%、優先株式の期待収益率は3.90%となる。今後10年間の配当額をこの期待収益率で割り戻すと配当金の現在価値が算出され、それぞれ299円と391円となる。当然のことながら、年間配当額が多く、またそのリスクの小さい(即ち割引率の小さい)優先株式の配当の現在価値のほうが大きい。一方、将来分配される残余財産の取扱いは普通株式も優先株式も同等なので格差は無いと考えられる。

以上から、
(1)PV(普通株式)=PV(普通株式配当)+PV(将来の残余財産分配見込み額)+PV(議決権)、そして
(2)PV(優先株式)=PV(優先株式配当)+PV(将来の残余財産分配見込み額)
の式を通じて2009年10月末現在、伊藤園の普通株式の議決権の価値が以下の通り計算できる。
表-1 議決権価値の試算
 以上より、2009年10月末時点での伊藤園の普通株式の株価(1530円)の構成は、(1)配当の現在価値(10年間): 299円+(2)残余財産の分配見込み額の現在価値: 539円+(3)議決権の価値: 692円となる。投資家がつけた伊藤園の少数株主議決権の価値は普通株式の株価の45.2%と極めて大きな割合を占めていることになる。

 優先株式を発行して以降の議決権の価値を時系列的に追ってみると(グラフ-1)、発行直後は200円から300円程度で推移していたが、その後すぐに600円程度に上昇し、その先は600円を中心としたレンジ内で推移している。2007年9月から2009年10月までの議決権価値の単純平均値は589円、標準偏差は126円、中央値は588円となっている。
グラフ-1 伊藤園 普通株式の議決権の価値推移
 少数株主が議決権の行使によって会社の方針に大きな影響を与えることは困難であることから、本来、議決権そのものはあまり大きな意味を持たないはずであるにもかかわらず、かなり大きな価値が与えられていることがわかる。通常TOBによって会社の過半数の株式を取得する場合、過去の一定期間の平均株価に30%程度のプレミアムを付加したTOB価格をオファーする場合が多い。このプレミアムとは経営権取得のための追加支払額である。仮に伊藤園の経営権を取得しようとTOBをかける場合、1530円の株価に30%のプレミアムを付加する必要があることから、経営権の価値は1株当たり459円(1530円×30%)となる。最終的な取得株価である1989円(1530円+459円)のうち、経営権の価値が459円、少数株主議決権の価値が692円と、両者で1151円となり、取得価格の約6割近くを占めることになる。

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