90年の人生で、今の日本がいちばんひどい

湯浅誠×瀬戸内寂聴 リベラル対談(前編)

中国兵に殺されると思っていた

湯浅:お母様とおじいさまが亡くなられていますよね。

瀬戸内:ふたりは防空壕の中で焼け死にました。でも、ピンとこなかった。私は当時、夫の赴任先の北京にいて、それを見ていないですから。

湯浅:亡くなられたことは、敗戦後にお知りになった?

瀬戸内:いいえ、敗戦後1年経って、日本に帰ってくるまで知りませんでした。手紙なんてもう出せなくなっていましたし。戦争が終ったときも、どうしていいかわからなかった。亭主は向こうで徴集されて行ってしまって、生まれたばかりの子どもを抱えてうろうろしていた時期ですからね。

それで、働かないといけないと思ったのですが、なかなか勤め先がなくて、やっと運送屋の電話番として雇われて勤めに出たら、その日に終戦を迎えたのです。ラジオから昭和天皇のお声が聞こえるけど、ザアザア、キイキイ聞こえるだけで何を言っているかわからない。私は戦争に負けたのではなくて、ソ連が入ってきたと思ったの。それで関東軍司令官が「みんな逃げなさい」と言っていると思った。そうしたら、運送屋の主人がわあっと泣き出して「日本が負けた」と。

私はそれを聞いたとたんに飛び出して、急いで家に逃げ帰りました。門を閉めて、子どもと一緒にじっと潜んでいた。それは怖かったですよ。

湯浅:御本には、もし中国兵に囲まれたら、お子さんを殺して自殺しようと思っていた、と書かれています。

瀬戸内:もう殺されると思いましたね。なぜかというと、私たち一家は中国人と仲良くしていたけど、周りの日本人は中国人をいじめていましたから。戦争に負けたら、きっと殺されると思った。私の命はどうでもいいけど、子どもをどうやって守ろうかと、震えながら家の中にいました。

ある朝、そっと門を開けて、外の様子がどうなっているか見たら、路地の壁に真っ赤な紙がいっぱい張ってあって、「仇に報いるに恩を持ってす」(恨みを恩で報いよ)と漢文で書いてあったの。ああ、こういう国と戦争をしたら、それは負けるわとそのとき、思いました。へなへなと力が抜けて、もし中国兵がやって来たら仕方がないと覚悟しましたね。

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