90年の人生で、今の日本がいちばんひどい

湯浅誠×瀬戸内寂聴 リベラル対談(前編)

瀬戸内寂聴 小説家
1922年、徳島生まれ。本名・瀬戸内晴美。東京女子大学卒。26歳で小説家を志す。63年、『夏の終わり』で第2回女流文学賞受賞。73年に得度し、法名・寂聴となる。92年、『花に問え』で第28回谷崎潤一郎賞、96年、『白道』で第46回芸術選奨文部大臣賞。98年、『源氏物語』の現代語訳を完成させる。2001年、『場所』で第54回野間文芸賞。06年、文化勲章受章、イタリア国際ノニーノ賞受賞。現在は執筆活動のかたわら、名誉住職を務める天台寺(岩手県二戸市)のほか、四国「ナルトサンガ」(徳島県鳴門市)、京都・寂庵(嵯峨野)などで定期的に法話を行っている。

瀬戸内:脱原発だって、まるで自分には関係のないような顔をしていますけど、あなたの住んでいる地域の近くの原発がひとつ爆発したら、それまでの穏やかな生活や幸せと思っている生活は吹っ飛ぶんですよ。その怖さをもうちょっと知るべきね。

そして、やっぱり今の福島を見に行くこと。実際にボランティアで行っている人に、私はたくさん会いましたけど、彼らは誰に教えられたわけでもなく行っています。現実を見たら、じっとしてはいられない。そういう衝動が湧いてくるのが若さですから、私はやっぱり若い人に希望を託さないといけないと思います。もう年寄りはいいの。

湯浅:では、先ほどの厳しい言葉は、若い人たちに対する期待の裏返しなのですね。

瀬戸内:若い人にはまだ望みがあると思います。そう思いませんか。

湯浅:私はまだ若輩者ですから、「若い人に期待する」という言い方をなかなかできないのですが。

瀬戸内:でも、あなたも若い人に入るのですよ。91歳の私から見たらね。

「90年間、生きてきて、今の日本がいちばんひどい」

──瀬戸内さんは、「90年間、生きてきて、今の日本がいちばんひどい」とおっしゃっていました。

瀬戸内:ええ。私の経験によると、今の日本がいちばんひどいです。だって、自分さえよければいい、隣りの人が困っていても知らん顔、自分の家さえよければいいと思っているでしょう。昔の日本人はそうじゃなかったのよ。貧乏で長屋に住んでいても、お隣に醤油やお米がなかったら分けてあげたものです。今は隣りの人が何をしているかも、知らないじゃないですか。そして、みんな暗い顔をしている。

戦争中は実はそんなに暗くなかったのです。国や政府の言うままに感化されて頭がイカれていたから、出征する人に「行ってらっしゃい」なんて万歳して、負けているのに「勝った勝った」って提灯行列したりして、にぎやかだったの。家族が戦争に取られて悲しくて泣いたなんて伝わっていますけど、私が知るかぎり、そんな人は見たことがない。誇らしげな顔をしていましたよ。むしろ家族に男の子がいなくて誰も戦争に行かない家の人が、肩身の狭い思いをしていた。だから今、みんなが思っているのとはちょっと違うのね。

湯浅:息子を見送ったお母さんも陰では泣いていたのではないかと、寂聴さんの御本で書かれていましたが、そういう面もあったのではないですか。

瀬戸内:それはあったけど、泣いているのを人に見られるのはみっともないと思っていた。やっぱりお国のため東洋平和のために、うちの息子は戦争に行ったと思っていましたから。息子の無事を祈りたいし、別れるのは嫌だけれども、メソメソするのは恥ずかしいという気持ちがあった。そういう教育を受けていたの。

湯浅:寂聴さんご自身も、戦争が終わるまではそういうふうに思われていた?

瀬戸内:そうなの。バカでしょう。

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