2018年初夏には、編集者の小林えみさんのご尽力で来日したタイミングで、「欲望の時代の哲学」「欲望の哲学史」と2つの企画をお送りしました。ともすればイデオロギー闘争ともなりかねないようなテーマでも、そうした情念から距離を取った論理的な言葉で、社会制度の中で過ごすうちにこびりつく疲労、葛藤、ルサンチマンなど、まとわりついたさまざまな感情から自由になるための思考のヒントを与えてくれました。
いま世の中には、さまざまな「世界」があふれています。それぞれのルールで自己完結した論理が交錯し、ネット上でも繰り広げられるバトル、誹謗中傷。みなそれぞれが信じる正義、正解を握りしめ、先鋭化していく言葉の数々……。そこには残念ながら開かれた対話はなく、勝手に信じる「世界」が乱立し、分断は広がっているように見えます。
「世界は存在しない」。
そんな社会状況の中にあっては、こんな逆説的な言葉が注目を集めないわけがありません。「島宇宙」ならぬ「島世界」に閉じこもろうとする人々に待ったをかける「世界は存在しない」というテーゼ。その発言の主、ガブリエルにも関心が集まっています。「欲望の資本主義」シリーズからのスピンオフ企画、今度の舞台はニューヨークです。
――今回の番組の見どころは?
「人はみな、本来、自由の感覚、意志を持っています。ところが、現代の哲学、科学、テクノロジー、そして経済が人々の自由に影響を与え、自ら欲望の奴隷と化したという議論があります。私たち人間は自由です。自らがもたらした不自由の呪縛から、脱出せねばならない」
マンハッタンのビル街を遠く望み、心地よい風の吹くニューヨークの桟橋に1人たたずむガブリエルのこんな「闘争宣言」から番組は幕が開けます。「資本主義と民主主義の実験場」での思索の過程、そこから生まれる言葉は、戦後アメリカとの深い関係性とともに今ある日本のこれからを考えるときにも大いに響くことでしょう。
ガブリエルは、神でもヒーローでもありません。そもそもの言葉の定義に立ち返り、私たちの社会を、人間を、現実を見る眼、その認識の仕方の可能性を提示してくれる哲学者です。
パンクでポップな、スケボーで登場する、茶目っ気たっぷりな……考える人です。彼の言葉をきっかけにご一緒に考えてくださればうれしく思います。
社会と個人、意識と無意識、時代の生む物語
――それにしても「欲望」というキーワードで、「資本主義」から「民主主義」「経済史」そして「哲学」と、さまざまな方向に企画が広がりましたね。
丸山:視聴者のみなさんの反響から素直に発想、発展していった結果ですが、もともと「資本主義」を考えようというときも、単に「強欲」批判という意味で「欲望」という言葉を持ってきたわけではありません。
もちろん、アメリカを象徴として世界に広がる極端な格差拡大、中間層の崩壊、そしてほんの一握りの大富豪を生む現在の資本主義のありようへの問題意識がベースにあることは間違いありませんが、「欲望」自体には両義性があると思います。だからこそ、真正面から取り組むにふさわしい、ややこしくて、面白い対象だとも思うのです。
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