「人望のないゴーン」逮捕が招いた意外な副作用 リーダーに人格を求める考え方はもう古い?

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日本では、近代的な経営学が導入された戦後から今日に至るまで、リーダーの人間性を巡る議論が盛んです。とくに、歴史上の偉人と照らしてリーダーの人間性を問うのは、ビジネス誌では定番の議論です。「リーダーにとって大切なことは?」と聞かれたら、多くの人が「行動よりも知能よりもまず人間性」と答えるでしょう。

ところが、日本以外の国、とくにアメリカでは、経営者など組織のリーダーに人望を求める考え方は希薄です。 私が学んだアメリカのMBAではリーダーシップ論の講義がありましたが、リーダーの人間的側面が検討されることはありませんでした。business ethics(ビジネス倫理学)という科目も、企業として地球環境問題や消費者保護にどう取り組むかを問うだけで、リーダー個人の人間性や良心が問題になることはありませんでした。

この日米の違いはどこから生まれるのでしょうか。やはり会社という組織の捉え方が根本的に違うのでしょう。

日本では、会社は家族のような共同体的組織(ゲマインシャフト)で、経営者は家父長として家族である従業員を守ります。子供が愛情を注いでくれる父親を慕うのと同じで、従業員は経営者に高潔な人間性を求めます。

一方、アメリカでは、会社は機能体組織(ゲゼルシャフト)で、経営者は経営機能を遂行する責任者です。従業員から見たら、きちんと経営して業績を上げ、高い給料を払ってくれれば十分で、それ以上の人間性を経営者に求めません。

よい悪いは別にして、日本人が経営者に人望を求めるのは、日本独特の組織観に基づく特殊な考え方と言えます。

経営者に人望はもういらない?

では、今後はどうなるのでしょうか。最近私は、40代後半から50代前半の中高年層と30歳未満の若手層を対象に研修をする機会があったので、以下のA社長・B社長のどちらの下で働きたいか、それぞれ尋ねました。

A社長:高潔な人柄で人望があるが、経営手腕が悪く会社の業績は低迷。業務は非効率で、残業が多く、給料は低い。

B社長:私利私欲むき出しで人望はないが、経営手腕がよく業績は好調。業務は効率的で、残業は少なく、給料は高い。

結果は、中高年層24名のうち14名がA社長を支持、10名がB社長を支持しました。若手層17名のうち1名がA社長を支持、16名がB社長を支持しました。もちろん、ゴーンはB社長タイプです。

この結果をどう解釈するべきでしょうか。立場上、社長に近い中高年層は、トップと顔を突き合わせて仕事をする機会が多いので、社長の人間性を気にする、一方、社長との距離が遠い若手層は、人間性を気にしない、という面はありそうです。しかし、ウェットな人間関係を嫌う若手層が人望を重視しなくなっているという可能性もあります(サンプル数が少なく、あくまで可能性の指摘です)。

今後、経営者の世代交代が進むと、また外国出身経営者が増えると、人望はさらに重視されなくなるかもしれません。

・経営者に人望は必要なのか? なぜ必要・不要と言えるのか?
・従業員は人望のない経営者とどう付き合うべきなのか?
・経営者は人望を重視しない従業員をどう導いていくべきなのか?

ゴーンの事件は教育関係者だけでなく、経営者・従業員にも大きな問いを投げかけています。

日沖 健 経営コンサルタント

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ひおき たけし / Takeshi Hioki

日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかる!リーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。

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