世論を操る懸念も「偽SNSアカウント」の脅威 正しい情報より伝達が早くて広い「偽情報」

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偽アカウントを使っている国は複数あると報じられている。2018年、フェイスブックとツイッターは、イランとロシアの数百にも及ぶ偽のアカウントとページを閉鎖した。イランの偽アカウントは100万人以上のフォロワーを持ち、英国と米国のツイッター利用者を標的にしていた。数千ドル(数十万円)分の広告を購入しており、イラン寄りのメッセージを広めようとしていたと見られる。

2019年1月にも、フェイスブックとツイッターは、イランとロシアに加えてベネズエラの数百もの偽アカウントを閉鎖した。ベネズエラ政府のものと思われるツイッターアカウントは、同国の大統領を擁護する投稿が多かったが、2016年の米大統領選前と201年にはアメリカ人を対象にした投稿も増えた。

ワシントンDCにある政策シンクタンクの大西洋協議会がイランのフェイスブックアカウントを調べたところ、反イスラエルや反サウジアラビアなどのイラン政府の国際社会に向けたメッセージが多かった。英語、フランス語、スペイン語、ヘブライ語、アラビア語など、さまざまな言語が使われていたという。

ソーシャルメディアを情報戦に使う理由

そもそも、ソーシャルメディアによる情報戦が仕掛けられるようになったのはなぜだろうか? それは、コーツ米国家情報長官が指摘しているように「比較的安価かつ低リスクで世論操作できる」からだ。

ソーシャルメディアを使えば、不特定多数の人々へ国外からでも即座にメッセージを届けられる。逮捕される危険を冒して、遠く離れた国に要員をわざわざ送り込まなくて済む。一方、対面やビラで大量の人にメッセージを伝えるには、膨大な手間と予算がかかる。

恐ろしいことに、ツイッターでは偽情報のほうが正しい情報よりも伝達速度が速く拡散力があると、2018年に米マサチューセッツ工科大学の研究者たちが発表した。間違ったニュースのほうが正しいニュースよりもリツイートされる確率が70%高い。逆に正しいニュースが1500人に届くまでには、間違ったニュースより6倍も時間がかかるという。

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世界のソーシャルメディア利用者数は増加の一途をたどっており、2020年現在、29億6000万人が利用している。ソーシャルメディアを悪用した選挙介入や印象操作、世論の分断の試みはこれからも続くだろう。だからこそ、ソーシャルメディアの一般利用者たちは、偽情報をあえて蔓延させようとしている動きに注意しなければならない。

だが、大量の情報があふれているなか、どれが悪意を持った偽アカウントか見極めることは難しい。民主主義を偽情報から守るための取り組みは、欧米でいくつか始まっている。バルト海に面するラトビアの首都リガに2014年に創設された北大西洋条約機構(NATO)の戦略的コミュニケーションセンターでは、ソーシャルメディアを使った偽情報拡散問題の研究を進めている。また、偽情報を見分けるための啓発ビデオも発信している。

そのほかにも、米シンクタンクのランド研究所や米インディアナ大学などが、政治的なプロパガンダの拡散に使われているツイッター・ボットを教えてくれるツールや、偽情報に関するリテラシーを高めるためのクイズ・アプリなどのオンラインツールの紹介サイトを作っている。政治問題関連ニュースの事実検証をしているウェブサイトもある。

松原 実穂子 NTT チーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジスト

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まつばら みほこ / Mihoko Matsubara

早稲田大学卒業後、防衛省にて勤務。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院に留学し、国際経済・国際関係の修士号取得。修了後ハワイのパシフィック・フォーラムCSISにて研究員として勤務。帰国後、日立システムズでサイバーセキュリティのアナリスト、インテルでサイバーセキュリティ政策部長、パロアルトネットワークスのアジア太平洋地域拠点における公共担当の最高セキュリティ責任者兼副社長を歴任。現在はNTTのチーフ・サイバーセキュリティ・ストラテジストとしてサイバーセキュリティに関する情報発信と提言に努める。著書に『サイバーセキュリティ 組織を脅威から守る戦略・人材・インテリジェンス』(新潮社)。

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