サービスグラント始動
サービスグラントに自分の全時間を投入することになった嵯峨だが、お金の面ではかなり苦労することになる。「サービスグラント設立の2005年から2009年までは本当にお金がなく、特に開始から数年が経った2008年ぐらいには、日本では市場性がないし、いくら頑張っても事業にはならない。当然、お金がないと一緒にやってくれる仲間もいない。
他の会社でアルバイト的に仕事をしていたが、徐々に緊張感もなくなりやる気がなくなり、それが周囲にも伝わっていき、本当に辞めようかと思っていた」と、嵯峨は当時を思い出してこう語る。
そんな嵯峨に2009年に転機が訪れる。サービスグラントが作ったウェブサイトがNPOの基盤強化事業として注目され、さらに日本財団の中にサービスグラントに期待してくれた人がいて、2009年に日本財団からの助成金をもらうことができたのだ。
時を同じくして、同じ思いを抱く仲間が加入し、さらにその後、NPO法人化をするにあたり、理事を依頼した外部の人々にアイデアをもらい、300人以上集めたプロボノフォーラムを実現。これが一つのきっかけとなり、プロボノという言葉が社会にも広まるようになり、エンジンがかかった。
嵯峨は、レバレッジを効かせて少ないコストで、より多くの社会的価値を生み出すことにこそ、ソーシャルビジネスの価値があるという。NPO、そして社会にとってプロボノは、未稼働の社会的資源。それらを稼働させることで大きな価値を社会に創出できる。同時に企業人にも会社では得ることができない新しい可能性やスキルを提供することを実現することができるのだ。社会に新たな仕組みを根付かせるという嵯峨の挑戦は続く。
▼村尾の視点
一度決めたことは、全力で努力をし、考えられ得る全てのことをやり切る、そういう姿勢が重要だ。そうやっていると必ず次の何かが見えてくるし、もしも最終的にそれが実を結ばなかったとしても、後悔がない形で次に向けて行動を切り替えられる決断ができるはずだ。
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