動き出したプーチンによるポストプーチン戦略

異例の年次教書演説と突然の内閣総辞職

年次教書演説に向かうプーチン大統領(写真:ロシア、President's website)

ロシア政局に激震が走った。1月15日、プーチン大統領は年次教書演説を行って、自らの3選の可能性を事実上排除し議会の権限を強化する憲法改正を、国民投票にかける考えを示した。そして、その日にメドベージェフ内閣を総辞職させた。ロシアの新聞には「プーチンによる1月革命」という見出しが躍った。メドベージェフ本人にとっても、閣僚たちにとっても晴天の霹靂だった。さらに、20日には早くも憲法改正草案を下院に提出した。

ロシアでは12月は31日まで働くが、新年の休暇、正月は長い。1月7日はロシア正教のクリスマス、14日が旧暦の正月である。旧暦の正月もロシア人にとっては大切だ。今年の休日は公式には8日までだが、14日までは休むのがロシア人一般の感覚だ。祝い酒の酔いも辛くなるというものだが、夏を求めてタイやエジプト、カリブ海で休暇を過ごす人も多い。1月のGDP(国内総生産)は12月に比べ半減する。

だから大統領府が15日に年次教書演説を発表したのには、驚いた。閣僚や知事、議員の中にも海外休暇を短縮したり、キャンセルしたりした者も多かっただろう。年次教書演説は寝ぼけ眼で聞いていたロシアのエリートに活を入れる内容となった。

政治家としてのウラジーミル・プーチンの本質は天才的なポピュリストである。国民の気持ち、潜在的な欲求をつかみ取り、先手を打って政策をぶち上げ、世の中を動かす。

ロシアの憲法改正では国民投票を必ずしも必要としない。しかし、敢えて国民投票にかけるのは、国民を扇動することでプロセスを主導的に動かすプーチン一流の手法だ。国民の変化への欲求を感じ取り、このまま停滞が続けば政治的に危険だと感じたため、自らポストプーチン体制への移行の幕を開けることに踏み出したのだろう。ロシアの政治プロセスを加速させる選択をした。

メドベージェフに対するプーチンの不満

2018年3月の大統領選挙で、プーチンはロシア国民の生活を抜本的に改善する「ナショナルプロジェクト」を掲げて、76%という驚異的な得票率で当選した。これだけの支持が集まったのはプーチンの下での変化に期待したからだ。しかし、プーチンはメドベージェフ内閣を温存し、失望が広がった。さらに国民との対話なしに、突然、受給開始年齢を引き上げる年金改革に踏み切ったことは国民の広い階層に反発を広げ、大統領支持率の低下につながった。

ドミトリー・メドベージェフは2008年にプーチンの後継として大統領に就任、メドベージェフ大統領とプーチン首相による双頭体制が始まった。その後2012年プーチン氏が大統領に復帰、メドベージェフ氏は大統領と首相のポスト交換する形で首相となった。双頭体制という権力のバランスはほどなくプーチン一強体制となった。プーチン&メドベージェフというコンビが10年以上続いてきたことで、ロシア政治は安定した。

ただ、メドベージェフの周辺にはかつては体制内改革派が集結したが、その期待は2012年には裏切られ、次第に非効率的な指導者としての停滞が目立ってきた。

さらにプーチンがメドベージェフへの不満を募らせたのは、ナショナルプロジェクトに対して、面従腹背、「また親父さん、無理なバラマキを言っている」という姿勢であったことだろう。このままでは国民の信頼を完全に失う。プーチンの危機感がメドベージェフ更迭につながったのだろう。

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