「グレタさん」は現代の「イエスかブッダ」なのか

「人類史の移行期」に生まれる価値観と倫理

議論を駆け足で進めることになるが、しばらく前から人類学や考古学の分野で、「心のビッグバン(意識のビッグバン)」あるいは「文化のビッグバン」などと呼ばれている興味深い現象がある。例えば加工された装飾品、絵画や彫刻などの芸術作品のようなものが今から約5万年前の時期に一気に現れることを指したものである。

つまり、まさにこのときに、単なる自然の模写や、実用的な利用に尽きない、人間の「こころ」という固有の領域が生まれたのだ。

一方、人間の歴史を大きく俯瞰した時、もう1つ浮かび上がる精神的・文化的な面での大きな革新の時期がある。

それはヤスパースが「枢軸時代」、科学史家の伊東俊太郎が「精神革命」と呼んだ、紀元前5世紀前後の時代である。

この時期ある意味で奇妙なことに、現在に続く「普遍的な原理」を志向するような思想が地球上の各地で“同時多発的”に生まれた。すなわちインドでの仏教、中国での儒教や老荘思想、ギリシャ哲学、中東での(キリスト教やイスラム教の源流となる)旧約思想であり、それらは共通して、特定の部族を超えた「人間」という観念を初めてもつと同時に、物質的な欲望を超えた、新たな価値ないし倫理を説いた点に特徴をもつものだった。

いま「奇妙なことに」これらが“同時多発的”に生じたと述べたが、その背景ないし原因は何だったのだろうか。

「物質的生産の量的拡大から精神的・文化的発展へ」

興味深いことに、最近の環境史(environmental history)と呼ばれる分野において、この時代、以上の各地域において、農耕の開発と人口増加が進んだ結果として、森林の枯渇や土壌の浸食などが深刻な形で進み、農耕文明がある種の資源・環境制約に直面しつつあったということが明らかにされてきている。

このように考えると、これは私の仮説であるが、枢軸時代ないし精神革命に生成した普遍思想(普遍宗教)は、そうした資源・環境的制約の中で、いわば「物質的生産の量的拡大から精神的・文化的発展へ」という新たな発展の方向を導くような思想として生じたと捉えられるのではないだろうか。

つまり、いわば外に向かってひたすら拡大していくような「物質的生産の量的拡大」という方向が環境・資源制約にぶつかって立ち行かなくなり、そうした方向とは異なる、すなわち資源の浪費や自然の搾取を極力伴わないような、精神的・文化的な発展への移行や価値の創発がこの時代に生じたのではないか。

読者の方はすでに気づかれたかと思うが、これは現在ときわめてよく似た時代状況である。つまり、ここ200~300年の間に加速化した産業化ないし工業化の大きな波が飽和し、また資源・環境制約に直面する中で、私たちは再び新たな「拡大・成長から成熟・定常化へ」の時代を迎えようとしているからだ。

一方、先ほどふれた「心のビッグバン」についても、それが同様のメカニズムで、狩猟採集文明の拡大・成長から定常化への移行の時期に生じたと考えてみるのは不合理なことではないだろう。

つまり狩猟採集段階の前半において、狩猟採集という生産活動とその拡大に伴ってもっぱら“外”に向かっていた意識が、有限な環境の中で資源的制約にぶつかる中で、いわば“内”へと反転し、そこに物質的な有用性を超えた装飾やアートへの志向、それらを含む「心」の生成、そして(死の観念を伴う)「自然信仰」が生まれたのではないだろうか。

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