「グレタさん」は現代の「イエスかブッダ」なのか 「人類史の移行期」に生まれる価値観と倫理

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以上の議論をまとめると、狩猟採集段階における成熟・定常化への移行期に「心のビッグバン」が生じ、農耕社会における同様の時期に枢軸時代/精神革命の諸思想(普遍思想ないし普遍宗教)が生成し、両者はいずれも「物質的生産の量的拡大から精神的・文化的発展へ」という内容において共通していたと考えられるのではないか(以上について詳しくは『人口減少社会のデザイン』)。

そして、現在が人類史における第3の定常化の時代だとすれば、狩猟採集段階における「心のビッグバン」や、農耕段階における「枢軸時代/精神革命」に匹敵するような、根本的に新しい思想や価値原理が生成する時代の入り口を私たちは迎えようとしているのではないか。

グレタさんをめぐる動きを起点にしつつ、しかしそこにとどまらず、私たちが考えていくべきは、こうした大きな人類史の捉え直しと、現在の私たちがどのような場所に立っているかについての根本的な洞察なのである。

(出所)筆者作成

「地球倫理」と呼べるような思想・世界観

ではそうした新たな思想とは何か? 結論を先に述べれば、それは「地球倫理」と呼べるような思想ないし世界観ではないかと私は考えており、これまでの拙著の中でも一定論じてきた(『コミュニティを問いなおす』、『ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』など)。

そしてグレタさんのような主張は、この「地球倫理」と呼びうる思想とどこかでつながっているのではないかというのが私の見立てである。

冒頭でも述べたように、私たちは、グレタさんの主張だけを切り出して論じたり、あるいは彼女のパーソナリティーとか生い立ちとかをあれこれ詮索して議論してもあまり生産的ではない。

そうではなく、今ここで述べているように、私たちが人類の大きな歴史の中でどのような場所に立っているかを新たな視点で捉え返し、「拡大・成長から成熟・定常化への移行期」における新たな思想や価値の創発というテーマを、正面から考えていくことこそが重要なのである。

そこで浮かび上がってくる「地球倫理」の内容について、次回さらに掘り下げる。そしてそれがこれからの時代の企業行動や経営にとってもつ意味を考えてみたい。

広井 良典 京都大学 人と社会の未来研究院教授

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ひろい よしのり / Yoshinori Hiroi

1961年岡山市生まれ。東京大学・同大学院修士課程修了後、厚生省勤務後、96年より千葉大学法経学部助教授、2003年より同教授。この間マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員。2016年より京都大学教授。専攻は公共政策及び科学哲学。限りない拡大・成長の後に展望される「定常型社会=持続可能な福祉社会」を一貫して提唱するとともに、社会保障や環境、都市・地域に関する政策研究から、時間、ケア、死生観等をめぐる哲学的考察まで幅広い活動を行っている。著書に『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書、大佛次郎論壇賞)、『日本の社会保障』(エコノミスト賞受賞、岩波新書)、『人口減少社会のデザイン』(東洋経済新報社)など。

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