自信が持てない「仕事迷子」な大人が激増のワケ 社会人の職場体験という「仕事旅行」の醍醐味

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しかし「軸」があるだけでは、それがどれだけ明確な強いものであっても、自分らしいキャリアを切り拓くことはできない。自分の好きなこと、できそうなことがわかっても、ただ「やりたい」気持ちだけでできるほど世の中甘くはないのである。当然のことながら、やりたい仕事に見合った「スキル」や「能力」が必要だ。いくら花が好きでも、商品を管理したり、魅力的に並べて見せたり、接客の心得がないと花屋さんになることは難しい。

つまり、ある仕事で必要とされる専門スキルの前提となる、基本的な能力が「幅」であり、「キャパ(できることの範囲)」と言い換えると、よりイメージしやすいかもしれない。「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎力」として経産省が提唱している「社会人基礎力」という言葉があるが、僕の考える「幅」というのもそれに近い考え方である。

経産省の12の社会人基礎力
・主体性・実行力・課題発見力・創造力・発信力・働きかけ力・規律性・柔軟性・傾聴力・状況把握力・計画力・ストレスコントロール力

本来はどんな仕事に就く場合でも、すべての社会人基礎力をバランスよく、身に付けていることが理想だが、人には得意・不得意がある。基礎力に偏りが見られるのは当然のことだし、職種や職場に応じて重視される基礎力も異なる。

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伝統の職人仕事に向いている人も、イルカトレーナーには向いていないかもしれない。「動物と接する仕事がしたい! そのことで人を癒したい!」といった軸は、「相手の気持ちを読み取る能力(傾聴力)」や「周囲の状況に配慮して行動する能力(状況把握力)」といった幅と相まって、はじめてイルカトレーナーの職場で生きるものになる。そこから生まれてくる達成感が、仕事のやりがいにもなる。

逆に「軸」と「幅」のミスマッチが生じると、人はどれだけ頑張っても仕事で達成感もやりがいも抱けなくなる。新卒でイメージや待遇のいい会社に就職したものの「仕事が面白くない」「会社が全然楽しくない」となってしまうのも、多くはこの状態を指す。 

仕事旅行では、キャリアの「軸」を明確にするだけでなく、ある仕事で重要なキャパを体験することで、自分ができることの「幅」に気づき、能力を少し広げるという「経験学習」ができる。経験学習を経ていると、軸と幅のミスマッチが起きにくくなる。

どれくらいのことならこなせて、どこを超えるとできないのか。自分らしく働くためには、体験を通じて自分の「幅(キャパ)」を知ったうえで、職種や業務に応じて、できることの範囲を広げていくことも大切だ。実際の仕事の“現場”で幅広い社会人基礎力をテスト的にトレーニングできるのだ。

今の時代に、なぜ「仕事旅行」が必要なのか? 

結局、仕事旅行とは何かというと、スキルやノウハウを学ぶのではなく、働くとはどういうことかを考える「働き方のリベラルアーツ」ということもできる。

人が社会人になったのちも新しく学び続ける必要があるとされる時代に、「短期」で大きな刺激や気づきを得られる「仕事旅行」は、新しい社会人学習のメソッドである。勤め始めてからそう頻繁にスクールに通ったり、留学したりするのはハードルが高く、この変化の激しい時代においては、学んだこともすぐ陳腐化してしまう。

仕事旅行では、自分の「キャリア軸とキャパ幅」への気づきを得て、それを自ら実践することで、自分らしく働くための土台(OS)を整えていくことができる。それは、人生100年時代に多様な働き方や独自のキャリアデザインを求められる僕たちにとって、欠かせない学びではないだろうか。

田中 翼 仕事旅行社代表取締役

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たなか つばさ / Tsubasa Tanaka

1979年生まれ、神奈川県出身。株式会社仕事旅行社代表取締役。アメリカミズーリ州立大学を卒業後、国際基督教大学へ編入。卒業後、資産運用会社に勤務。在職中に趣味でさまざまな業界への会社訪問を繰り返すうちに、その魅力の虜となる。「働く」ということに対する気づきや刺激を多く得られる職場訪問を他人にも勧めたいと考え、2011年に仕事旅行社を設立。500か所以上の職場と仕事をする中で得た「仕事観」や「仕事の魅力」について、大学や企業、地方自治体を対象に講演も多数実施。

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