「1週間500球」で決まった球数制限問題の違和感 実質的な投げ放題になる危惧もあるが…

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昨年10月27日、大阪大学中ノ島センターで開催された「野球科学国際特別セミナー」では、アメリカの「球数制限」である「ピッチスマート」の導入を主導したグレン・フライシグ博士(ASMI アメリカスポーツ医学研究所 研究ディレクター)の講演があった。

グレン・フライシグ博士(筆者撮影)

ASMIは20年近く前から多くの投手の小学生、中学生、高校生、大学生、プロでの投球フォームを撮影し、データを蓄積していた。

さらに2006~2010年の5年間、ケガをしていないリトルリーグの健康な投手410名に対し、毎年、電話で聞き取り調査をした。

調査の結果、約5%の若い投手が20歳までに重篤な腕(肩、ひじ)の障害を負うこと。そして年間100イニング以上投げると、障害発生率は3倍以上(3.5倍)になることがわかった。2010年以降、アメリカではトミージョン手術(ひじの側副靱帯再建手術)を受ける選手が急増した。とりわけ15歳から19歳の世代で飛びぬけて多くなっていた。そこでASMIはこれまでの研究に加え、いずれも14歳から20歳の、肘の手術をした選手(66人)、肩の手術をした選手(29人)、健康な選手(45人)に聞き取り調査をした。

調査の結果、1試合当たり80球以上投げる投手はケガのリスクが4倍になること、年間8カ月以上投げる投手はリスクが5倍になること、さらに疲労時に投球をするとリスクが36倍になることがわかった。

フライシグ博士らのこれらの研究から、2014年MLBは「ピッチスマート(投球数制限と必要な休息日に関する勧告)」を発表したのだ。これは、年齢別に1日の投球数と登板間隔についてまとめた表である。ピッチスマートは、リトルリーグから学校野球まで、全米すべての少年野球団体が異論なく受け入れた。

あまりにも大きい日米の姿勢の違い

一定の評価はするといったものの、筆者は同じ問題に対する日米の姿勢の違いに嘆息をつかざるをえない。

アメリカの「ピッチスマート」は徹底的に調査を重ねて導き出されている。その背景には20年近いデータの蓄積があった。そして「子供の肩ひじを守り、野球を続けさせるため」というシンプルな目的に対し、明確な答えを出した。それを全米の野球指導者は受け入れた。アメリカの少年野球指導者はこの内容を理解するリテラシーもあった。

しかし日本の「球数制限」はわずか7カ月、たった3回の会合で導き出されたものだ。その議論には「高校野球の伝統」や「燃え尽きさせたい」など、本来の目的とは何ら関係のない雑多な内容が混在していた。医師や専門家からは科学的なデータも提出されたが、これが十分に理解されたとはとても思えない。結果的に異論百出の中、「大人の事情」にも配慮した「答申」が出てきたともいえる。

日本の野球界は、ここからスタートしてアメリカにも負けない素晴らしい「子供たちの健康を守る」ルールを作ってほしい。そうでなければ、日本野球は持続可能な形で存続できない。

(文中一部敬称略)

広尾 晃 ライター

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ひろお こう / Kou Hiroo

1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイースト・プレス)、『もし、あの野球選手がこうなっていたら~データで読み解くプロ野球「たられば」ワールド~』(オークラ出版)など。

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