「やすらぎの刻」認知症の親持つ子ほど刺さる訳 老いも病も死も決して美談では済ませない

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そして、最後は認知症。そもそも認知症の疑いも込みで入居してきたのが、松原智恵子が演じる元スター女優・九重めぐみだ。大根芝居と揶揄されてはきたが、テレビ局の専務の愛人で好待遇を受けてきた美人女優という設定。

松原が課されたのは「認知症の生々しさ」である。同じ話を繰り返し、見当識障害で会話が成立せず。羞恥心を失い、人前で平気で放屁したり、せん妄(幻覚に近い被害妄想)が始まる。手取り足取り見守っていた任侠俳優の秀さん(藤竜也)の首を絞めて、失神させるに至る。松原の部屋は大便まみれで地獄の様相、ついに病院棟へ移されることになったのだ。

そうそう、これが認知症だ。羞恥心の喪失とせん妄、暴言や暴力は、周囲の人間を疲弊させる。さらに介護の基本は糞尿という現実。綺麗事にしない強い矜持を感じたし、ぐっと引きつけられる生々しさがあった。

老いも病も死も、決してお涙頂戴の美談で済ませない。泣いたり笑ったりしながらも「受けいれる」姿勢が貫かれている。ついでに言えば、家族愛が強調されない点も観ていて安心。入居者たちは基本、家族に期待も依存もしていない。そりゃ豪華な施設で悠々自適なわけだから、と思うかもしれないが、ある意味「家族を解放する」設定でもあり。私はほっとした。

古さを愛でるレトロなエンタメ

描かれる時代も登場人物も時に重なり、絡みあうスタイル(しかも長尺)は万人受けしにくい。かといって、伏線回収だの予測を裏切る衝撃の展開と煽るだけ煽って、有料配信に誘い込むこともしない。時々、演出の古臭さは感じるし、現代社会への警鐘が説教臭すぎて辟易する場面も。Twitterへの偏見や罵詈雑言は一瞬「老害」という言葉が頭に浮かんだほど。

それでも古臭さは新鮮と背中合わせだ。第149話で突然登場人物たちが謎のファッションショー仕立てのヒットパレードを始めたときはたまげた。あれはあれで、逆にレトロな味わいが。この回だけでもいいから見て! あれだけの名俳優たちが仮装(コスプレに近い)をして、ノリノリでその時代の流行歌に合わせてランウェイを歩いてくるのだから!

というわけで、「やすらぎ」は本当にいろいろな要素が淡々と織り込まれていき、気がつけば独特の手触りと色合いに仕上がった布のような印象。

劇中のシナリオ「道」で登場する「裂き織り」という織物がある。古い布や良質の生地を裂いて、機で織り込んでいく。要するに着なくなった着物や服のリサイクルなのだが、良質な布や生地は新たな風合いの生地に再生され、すばらしい服に生まれ変わる。ポリエステルなどの安価な生地は縄にする。捨てるところなし、まさにこのやすらぎワールドの象徴でもある。

今すぐ追っかけて全部見てほしいとはさすがに言えない。でもいつか、自分の親が、あるいは自分が老いと直面した頃にぜひ。「やすらぎワールド」がもたらす面白さや気持ちよさがじわじわと染み入ると思う。

吉田 潮 コラムニスト・イラストレーター

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よしだ うしお / Ushio Yoshida

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News it!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。

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