1人で組合に加入した59歳男性が受けた仕打ち 残業代の支払いや時給のアップを要求した

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「時間外手当もないし、有休も取れないし、親戚が亡くなった時の忌引き休暇も『取られたら困る』って言われた。昼飯は、(設備をフル稼働させるため)いつも洗濯機や乾燥機の前に座って、機械が空くのを待ち構えながら、握り飯を食ってたよ」

病院の本格稼働に合わせ、医師や看護師の人数は増えた。なのに、なぜ自分の職場の人手は増えないのか。「仕事が増えたら、人も増やす。これ常識じゃないの?」。

私は以前、病院の労働現場を取材したことがある。現在、日本の医療機関は、国の医療費削減政策のもと、経費の削減を余儀なくされている。その結果、ほとんどの病院が、医師や看護師による「医療業務=コア業務」を除く、リネンサプライや医療事務や警備、備品管理、検体検査といった「ノンコア業務」のアウトソーシングを進めた。

委託業者は基本、入札によって決まるが、病院側は委託費を切り詰めたいので、結局、入札価格の低い業者が選ばれる。こうした委託費圧縮のしわ寄せは、ノンコア業務の現場で働く人たちの人件費に及ぶ。ケンジさんの待遇はたしかに最悪だが、私にとっては見慣れすぎた光景だったし、委託費カットで時給が下げられたことがないだけ、まだましといってもよかった。

取材で話を聞いた医師や看護師たちの勤務時間は異様に長いし、過労死や過労自殺の問題も深刻だ。一方で、アウトソーシング先の職場では、大勢の働き手が違法、脱法的な働かされ方をしている。医師や看護師の過重労働と、ノンコア業務を担う働き手のワーキングプアの問題は、どちらも等しく、国が責任を持って解決すべき喫緊の課題である。

労働組合に入ると「いじめ」が始まった

話をケンジさんのことに戻す。

ケンジさんは勤続5年でユニオンに加入した。このときのことを、「5年頑張ったんだから、俺も物を言ってもいいんじゃないかと思ったんだ。勤続5年の表彰状ももらったし」と言う。それでも、労働組合に入ることには躊躇もあった。「だって、それは会社に向かって石を投げるってことにもなるじゃない」。

ケンジさんが勤続5年のときにもらった表彰状(筆者撮影)

団結権は憲法で保障された権利であり、労働組合に入ることは、会社に石を投げることと同義ではないと、私は思う。ただ、日本人の異様な労働組合に対するアレルギーを見ていると、ケンジさんの懸念も理解できた。

案の定、団体交渉の翌日から、職場の雰囲気は一変したという。同僚らがケンジさんと交わす言葉は、朝のあいさつだけ。一緒に飲みに行くこともあった上司からは腫れ物に触るような態度を取られるようになり、パート女性からのお菓子のおすそ分けもなくなった。

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