まるで取材されているようなやり取り
「連載記事に対する、ネット上のコメントは読まれているんですか?」
シンスケさん(仮名、33歳)への取材は、彼からのこんな質問で始まった。西日本のある地方都市の公務員家庭で育ったシンスケさんは、地元の公立進学校を経て京大法学部を卒業。東京でお笑い芸人を目指した後、現在はコンビニでアルバイトをしながら生計を立てている。
シンスケさんとの対話を少し振り返ってみる。
シンスケさん:「私のほうが大変なのに、甘えている」「お金がないなら、東京の私大ではなく、地元の公立大に行けばいいのに」「こいつが選択を間違えただけ」とか――。コメントは、記事に出てくる人に対するバッシングがほとんどです。記事や見出しで、貧困の“苦悩”とか、“絶望”とか書きすぎなんじゃないでしょうか。
筆者:記事がバッシングを誘発していると? ただ、極端な自己責任論は不毛だし、「私のほうが大変」という人は、“不幸比べ”なんてしてないで、その憤りを政治や制度に向ければいいのにと思います。
シンスケさん:「筆者はなんでも社会や制度のせいしている」という批判もあります。
筆者:私は、個人の責任がまったくないとは思っていません。でも、それは家族の間で話せばいいこと。一方で、貧困の背景には、女性の平均所得の低さや機会の不平等、ブラック企業の増加など、社会や政治が解決すべき問題もあります。記者の仕事は基本的に個人の責任を追及することではなく、構造的な問題を浮き彫りにすることだと思っています。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら