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織田裕二が「世界陸上」に欠かせなくなった理由 12大会連続、紆余曲折と変化の22年間

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  • 木村 隆志 コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
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ただ、それでも織田さんの姿勢にブレはありません。深夜にそぐわないほどの熱量で選手たちを応援するほか、カメラが回っていないときも熱心に競技を見ている姿が何度も目撃されました。

そんな織田さんに、2007年の大阪大会で劇的な変化が訪れます。これまで1997年のアテネ(ギリシャ)大会から、1999年のセビリア(スペイン)大会、2001年のエドモントン(カナダ)大会、2003年のサン=ドニ(フランス)大会、2005年のヘルシンキ(フィンランド)大会まで、2人は東京のスタジオでメインキャスターを務めていました。

しかし、2007年の大阪大会では、競技場の特設スタジオから臨場感あふれるコメントを連発したのです。以降、織田さんは2009年のベルリン(ドイツ)大会、2011年のテグ(韓国)大会、2013年のモスクワ(ロシア)大会、2015年の北京(中国)大会、2017年のロンドン(イギリス)大会、2019年のドーハ(カタール)大会ですべて現地入り。

競技場の熱気を体感した織田さんの言動は、視聴者にとって「不自然なもの」から「自然なもの」に変わり、受け入れられるようになっていきました。ちなみに、芸人の山本高広さんによくモノマネされる「地球に生まれてよかったー!」は、転機となった2007年の大阪大会で織田さんが発したフレーズです。現地入りの経緯を振り返れば、そのハイテンションも合点がいくのではないでしょうか。

モノマネを切り捨てたことでバッシング

ただ、そのモノマネがきっかけで織田さんは思わぬバッシングを受けることになってしまいました。あるイベントの場で織田さんが山本さんのモノマネを「僕は笑えない」とバッサリ斬ってしまったのです。

公の場で事実上の「モノマネ禁止」を突きつけた織田さんに世間の人々は、「心が狭すぎる」「ほかの俳優を見習ったほうがいい」「山本高広をつぶすつもりでは」などの声を浴びました。山本さんは織田さんのモノマネを控えていましたが、のちに織田さんの理解を得たようで再開。「世界陸上」のコメントをイジるようなモノマネではなく、織田さんが新たな作品へ出演するたびにディテールを変えて続けています。これは互いにアスリートたちの真剣勝負をリスペクトしたうえでの落としどころではないでしょうか。

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【支持を得た継続性と修正力】

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