「#老害」ネット上に溢れる"世代間憎悪"の実態 リア充のまま死んでいく高齢世代への拒絶

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マライさんが現状を憂う。

「年寄りはリア充のまま幸福に死んでいきそうで許せない、みたいな感情が渦巻いていた。すでに下地がたまっていたのが、事故をきっかけに燃え上がったのだと思います」

「老害」という言葉を使用するのが若者とは限らない。だが、高齢世代を揶揄するのに都合のいい言葉として、ハッシュタグが拡散のツールとなっている(画像:写真部・高野楓菜)

マライさんは、とある県立高校でドイツ語の補助教員を週1回、8年間続けている。生徒たちと接する中で、思うところがあると言う。

「年金問題など先進国の社会・産業の構造からみて『いろんなことの先細り』が不可避であるのが若い世代にも明白に見えていて、だからこその『やり場のない憎悪』と言えるのでは」

そしてそのことは、若年層の「ある傾向」とも密接につながっている、とマライさんは言う。

「生徒と話していると『どうせ私たちはゆとり世代。期待されてない』などと諦めている感じです。ワクワク感、希望のなさを感じます」

諦めからのやり場のなさ。加えて、若者は成長や達成をウソだと見抜いていると、マライさんは指摘する。

若い世代と高齢者憎悪との関係を、別の角度から指摘する人がいる。社会学者で筑波大学教授の土井隆義さん(59)だ。

「世代間闘争」という言葉が盛んに使われたことがある。1960年代から70年代にかけての学生紛争の時代。そこから80年代にかけては、10代、20代の若者と、30代以上の大人との間に「分断線」があった時代だと、土井さんは言う。

「70年代、80年代の日本社会は成長期の真っただ中。その頃の大人の若い時と、当時の若者が迎えていた社会状況は大きく違っていた。その間で社会が成長していたからです。結果、価値観の大きなギャップが生まれ、学生紛争や世代間闘争のバックグラウンドになっていた」

若者と大人の間にあった分断線が上昇した

やがて政治の季節は終わり、世代間闘争という言葉も消えていった。その時期と、90年代に入りずっと右肩上がりだった日本のGDPが横ばいに転じ、社会の成熟期に入っていった時期とがほぼ重なっているという。

「そこから20年が経ち、たとえばいまの30代が成長してきた頃の社会状況と、いまの10代、20代の現在とでは、社会状況は横ばいの成熟期のまま。あまり違ってはいないので衝突がないんです。若者と大人が価値観をほぼ共有できてしまう」(土井さん)

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