「オーガニック後進国」日本の残念すぎる事実 政府も消費者も積極的に推進していない

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実際、日本には現在、その手本となるすばらしい有機農家がいくつもある。1つは、茨城県土浦市に住む久松達央氏が展開する「久松農園」だ。48歳の久松氏は、日本の農業のホープの1人である。6ヘクタールを保有する久松氏は、この畑で季節に応じてトマトやなす、とうもろこし、キャベツや白菜などさまざまな野菜を有機農法で栽培している。

農業は重労働になりがちだが、久松氏は従業員の労働時間の管理にも力を入れており、週5日、1日8時間しか働いていないと主張している。

現在はネットで販売しているほか、東京や茨城などのレストランに野菜を卸しているが、JASマークは取得していないという。「例えば作物のそばで蚊取り線香をたいたら『有機ラベル』は取得できない。これってばかげているでしょう」と同氏は疑問を呈す。

有機普及しないのは消費者の責任も大きい

兵庫県豊岡市にも有機農法で成果を出している農家がある。明治時代までこの地の水田はシベリアから美しいコウノトリが飛来していたが、農家が田畑に農薬を使うようになり、コウノトリのえさであった生物が沼から消えてからというもの、その姿は見られていなかった。

1970年代、当時市役所職員だった男性がこの地域の多くのコメ農家を何とか説得し、化学物質と農薬を取り除いて有機米を育て、田畑の自然の生態系を再構築。農家による30年の努力の後、2002年8月5日にコウノトリが姿を現し、これにほかのコウノトリも続いた。

それ以降、豊岡のコメ農家は平均的なコメ価格の2倍の価格で、「コウノトリ米」として自分たちのコメを販売してきた。有機農法のコメ耕作面積は0.7ヘクタールから400ヘクタールにまで拡大。コウノトリ米は現在、ニューヨークの高級日本食レストランでも使われるようになっている。

こうしたさまざまな取り組みがされているにもかかわらず、日本でなかなか有機食品の普及が進まない最大の理由は消費者にあるかもしれない。多くの人が「形が整った」農産物が、「よい農産物」だと信じているフシがあるからだ。多くはまっすぐなきゅうりや穴のあいていないレタス、つやのあるリンゴを高く評価している。

消費者が「美しい食品」を求めることもあって、「日本の農家は庭師のように農業をやっている。完璧なトマトや完璧なレタスを求めているのだ。環境に対する明確な考えなど持っていない」と、ヨーロッパの農業担当のある外交官は嘆く。「格安商品」に慣れすぎていることもあって、有機食材の価格に対する抵抗感がある消費者も少なくない。

が、農業が衰退する日本にあって、有機農業は今後成長が期待できる分野の1つだ。実際、フランスでは有機農業が拡大するにつれて同分野が新たな職を生んでいる。確かに日本にとって既存の農業のあり方にメスを入れることは容易ではないだろうが、農家、そして消費者の啓蒙活動を進めることが求められる。

レジス・アルノー 『フランス・ジャポン・エコー』編集長、仏フィガロ東京特派員

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Régis Arnaud

ジャーナリスト。フランスの日刊紙ル・フィガロ、週刊経済誌『シャランジュ』の東京特派員、日仏語ビジネス誌『フランス・ジャポン・エコー』の編集長を務めるほか、阿波踊りパリのプロデュースも手掛ける。小説『Tokyo c’est fini』(1996年)の著者。近著に『誰も知らないカルロス・ゴーンの真実』(2020年)がある。

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