パワハラですべてを奪われた56歳男性の絶望 子会社へ転籍を命じられ、年収は200万円に

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ショックだったのは、大学ノートに走り書きのような文字で「元に戻りたい」「不安」「プレッシャー」などと書かれているのを見つけたとき。「休職していたときのものだと思います。このころは、(上司らによる)面談の後、『能力不足だと言われた』『いつ復職できるのか、教えてくれない』と不安がっていましたから」。

また、給与明細や、賃貸アパートの契約書に設けられた年収欄の記載を年代順に眺めると、年収が次第に下がっていく様子が一目瞭然。直近の預金通帳を見ると、毎月振り込まれる給料はわずか15万円ほどで、さらにクレジットカードのキャッシングなどによる借金が200万円ほどあることもわかったという。

ミノリさんは「(脳出血で倒れてからは)夜勤のない職場になったとはいえ、あまりにも安すぎると思いませんか」と憤る。

マキオさんの意識が戻って以後、ミノリさんはほとんど毎日、会社帰りに病院を訪れ、リハビリを手伝ってきた。手指をマッサージしたり、一緒に童謡を歌ったり。最近は「ありがとう」などの言葉を発することができるようになったほか、箸を使って食事ができるようになったという。

両親によって地方都市の施設へ転院

話を聞きながら、私が最も気になったこと。それは、マキオさんとミノリさんの関係だった。2人は20年ほど前、SNSを通じて知り合った。悩みを打ち明け合ったり、一緒にコンサートに行ったり。多くの時間を共にしたかけがえのない存在だが、恋人ではないという。

自分の両親との関係がうまくいっていないミノリさんにとって、17歳年上のマキオさんは「幼い頃に甘えられなかった父親のような存在」。出会った当時は、マキオさんがミノリさんを無条件に甘やかすことで「育て直し」をしてくれ、そして今は、ミノリさんがマキオさんを「赤ちゃんを育てるように」看病しているのだという。

ミノリさんは、あえて表現するなら2人は「大親友」だという。ユニークではあるが、そんな関係があってもいい。ただ、それは法制度の下では、はかなすぎる絆でもあった。

7月はじめ、マキオさんは、両親によって実家がある地方都市の施設へと転院させられた。リハビリ施設も豊富で、何よりミノリさんが毎日、看病できる東京のほうが、回復が見込めるというミノリさんの主張と、早く地元に連れ帰りたいというマキオさんの両親の主張は平行線のまま。両親は意見がかみ合わないミノリさんを敬遠したのか、最後は、転院の日取りすら教えてもらえなかったという。

リハビリの付き添いという日課がなくなってから10日あまりが過ぎた7月20日、参院選の選挙戦最終日。ミノリさんはふいに思い立ち、「れいわ新選組」の演説会に足を運んだ。同党が比例代表で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者である舩後靖彦さんと、脳性マヒで重い障害のある木村英子さんを擁立したことに興味があったという。

ミノリさんはこのときの光景をこう語る。「(演説後)ほとんどの人は、微動だにしない舩後さんをスルーして、山本さん(山本太郎代表)や、健常者であるほかの候補者のところに集まっていきました。中には、舩後さんの足元にぶつかりながら通り過ぎていく人もいて。すぐに山本さんが気がついて、スタッフに舩後さんの足元をガードするように指示してましたけど……」。

ミノリさんは「重い障害のある人が国会に行く。それだけですばらしいことだと思っています」とも言う。一方で、自分の大切な友人は障害を負ったことで、やりがいも、生きがいも奪われた。

もしかすると、人々が舩後さんを「スルーした」のはほんの一瞬のことだったのかもしれない。それなのに、その光景ばかりがやけに脳裏に浮かぶ。そして、会社からも、同僚からも、まぎれもなく冷たくスルーされた、友人の無念を思わずにはいられない。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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