TikTokが「SNS拡散のハードル」を下げた理由 「○○メンバー、○○司会者」が自己増殖&進化

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『「盛り」の誕生』(太田出版)を著した久保友香は、「ツイッターやインスタグラムなどSNSの登場で、コミュニティのなかでお互いの写真を見せ合うことが、世界中で広く行われるようになりました。これは日本の女の子たちがプリクラの時代からやっていたことです」(週刊文春2019年7月4日号)と述べている。

なるほど、プリクラで自分(たち)を写すこと、それに「盛り」を加えること、出来上がった写真を見せ合うこと、これらは今日のSNSでも重要な要素となっている。

こうした欲望に応えるかのように、カメラ付き携帯電話は進化し、やがてスマホになるとアプリによって加速していくのであった。

思い返せば、日本でカメラ付き携帯電話を牽引したのは「Jフォン」であった。そのCMで高橋マリ子が「これ、私の気持ち」といってキス顔を自撮りし、恋人に送信する。当時においてはドコモが生み出した「顔文字」に対抗するJフォンの「顔写真」であったろうが、今にしてみれば、その後の自撮りブームの予見といえる。

このCMでは、わざわざ携帯電話を持ち替えるようにして裏返してから自分の顔を撮るのだが、その翌々年、携帯電話のカメラはいよいよ自分を撮るためのものに進化する。

この革新について『ソーシャルメディアの生態系』はこう述べる。

「2003年、ソニー・エリクソン社は、人々が将来、他人を写真に撮るための背面カメラだけではなく、自分自身を撮るための前面カメラも欲しがるようになると看破し、携帯電話のZ1010のモデルにその機能を組み込んだ。そしてまもなく、人間はその虜になった、パリス・ヒルトンの名言にあるように、カメラ付き携帯電話は『21世紀の自著』になったのだ」

創作のハードルを下げたTikTok

プリクラ的欲望とそれを満たすように進化していくスマホが、「21世紀の自著」を産み出していく。現時点でのその到達点は「TikTok」だろう。

TikTokはアプリ内で速さを調節しながら撮影でき、「盛り」のようにエフェクトなどを動画につけられる。ちなみにこうしたことは、以前ならばPhoto Sonicという業務用カメラや、Infernoというハイエンドの編集機で作業しなければいけないほどのことであった。

さらにアプリ内にはBGMも多数用意されていて、動画制作そのもののハードルを下げたアプリといえる(世代によっては顔出しの動画を全世界にさらすという、別のハードルがあるのだが)。

「新しいジョークはしばしば、それに続くジョークの基準点となる」。本書にあるミーム格言だ。いいと思った動画に創作意欲をかき立てられてマネをする。こうした「コア・モチーフの反復」こそがインターネットでのミームの特徴である。おまけにTikTokでは、おおかたの者が同じアプリを使ってつくるのだから、動画そのものの質に差はないので、気後れすることなくマネができ、アップできる。

いわばTikTokは、ミームの増殖装置・活性化装置である。

こうしてみれば、『ソーシャルメディアの生態系』の最良の副読本はTikTokかもしれない。しかし世の常で、このアプリもやがて消えゆくのだろう。本書に繰り返し登場するVineがすでにないように。それでも次の動画共有アプリが生まれる。そこでは新たなミームが生まれ、盛大な増殖が行われるに違いない。

urbansea ノンフィクション愛好家

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あーばんしー

1973年生まれ。ノンフィクション愛好家。都内在住の会社員。文春オンラインなどに寄稿している。

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