54歳、母に添い寝し看取った息子が達した境地

親の最期にいったい何をなすべきか

直記さんと母(写真:直記さん提供)

「私の情緒が不安定な頃は、岡さんに何度も電話をかけてしまいましたが、毎回穏やかに受け止めていただきました。人生で初めての体験でしたから、何かわからないことがあれば、すぐに聞ける人が近くにいるのは心強かったですね。お願いすれば、すぐに駆けつけてもらえるわけですし」

恭子は看取りを終えた後、自身のブログに1枚の画像と記事をアップした。同居を始めてから約1年半後、ちょうど認知症が始まった頃の義母と撮影したもので、からっとしたユーモアを感じさせる。

「人としての自我や執着がとれて、お義母さんはとてもかわいくなられたんです。まるで子どもみたいに『お腹が空いたぁ〜』と言われたりして……。当時のお義母さんの生きた証しを残したいと思いました」

今日1日をしっかり生きなきゃいけない

恭子さんと義母(写真:直記さん提供)

そう話す恭子は、長男のときに経験した自宅出産と、今回の看取りは似ていると思ったという。どちらも家族で取り囲んでいて、出産時はいのちが出てくるのを、看取りではいのちが逝くのを待っていたからだ。

「もちろん、人が生まれて死ぬのは当たり前のことです。でも看取りについて言えば、さっきまで息をしていた家族が本当に亡くなることに直面すると、自分も明日死ぬかもしれないから、今日1日をしっかりと生きなきゃいけないと、私は生まれて初めて痛感させられました」

恭子が手に入れた死生観だ。

多くの人はなかなか「明日死ぬかもしれない」と思って、今日1日を生きられない。恭子自身もそう実感することがあっただろう。しかし、頭ではわかっていても、そうできない苦味をかみしめられる人と、そうでない人の軌跡は大きく違ってくる。

日本看取り士会の柴田会長は小学6年生で、大人たちに交じって最愛の父親を自宅で看取っている。1976年までは過半数の日本人が自宅で肉親を看取り、子どもも大人もそれぞれに死生観を磨いていた。

(=文中敬称略=)

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