54歳、母に添い寝し看取った息子が達した境地 親の最期にいったい何をなすべきか

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今まで約200人を看取ってきた柴田会長と、毎回、個々の依頼者を担当する看取り士2人がチームで動く。依頼者の要望があれば、いつでも、どちらかの看取り士が駆けつけられるためだ。岡のパートナーは看護師でもある看取り士だった。

母のベッドにあぐらをかいて座り、右太腿の上に母親の頭をのせる直記さん(写真:直記さん提供)

しばらくして、直記から1本の動画が岡のスマホに届いた。彼が母親のベッドにあぐらをかいて座り、右太腿の上に母親の頭をのせ、首を曲げて呼吸合わせをしている映像だった。

呼吸を1つにすることで、旅立つ人の不安や恐怖を共有してやさしく包み込み、決して1人ではないと伝える。看取りの大切な作法(「幸せに看取るための4つの作法」)の1つ。岡が事前に直記たちに教えていたものだ。

しかし、その動画を見た岡はなぜか、「お母様が直記さんにその作法をさせている」と直感したという。

「私がお教えした作法でしたが、そのときは看取り士を依頼しながらも、心がまだ揺れている直記さんに対して、お母様が看取る覚悟を決めるように無言で促している光景に見えたんです。柴田会長が常々言われる『旅立つ本人が、自分の死をプロデュースする』とは、こういうことか、と」

先に書いた直記自身の心境変化とも重なる。依頼者と看取り士が別々の場所で、別々の過程を経て、同じ気づきを得ていたことになる。

「柴田会長の『待機お願いします』とは、直記さんの看取る覚悟が決まることまでを言い含んでいたことに、私はここでようやく気づくわけです。同時に、ご依頼者のおそばにいなくても、その心情には寄り添えるという、貴重な経験も積ませていただきました」(岡)

岡の一連の気づきから、看取り士という仕事の新たな一面が垣間見える。

かつて岡は葬儀社を軸に、冠婚葬祭業に長年携わってきた。彼女が看取り士養成講座を受けた際、最初の後悔は、葬儀社時代に遺体のお腹にドライアイスを置いてきたこと。看取り士会では亡くなっても温かい故人の体に家族が触れ、そのエネルギーを受け取ることが大切とされるからだ。

看取った後の「一体感」で悲しくなかった

1月17日深夜、井上夫妻がうとうとした頃に母親は逝った。結局、死に目には会えなかったが、直記は大きな達成感に包まれたと話した。

「言葉で伝わるかどうかはわかりませんが、母親が私の体内にすっと入ってきたような感覚がありました。いわゆる『旅立った』というのとは正反対の一体感で、だから少しも悲しくなかったんです」

直記は通夜と告別式でも泰然としていられた。自分も息子に看取ってもらい、この気づきを伝えていきたいと彼は話し、岡への感謝も口にした。

次ページ自分も明日死ぬかもしれないから…
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