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「ほぼ仕事」教師が部活動に縛られる根深い事情 自由であるために制度化できない?

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――「自主的な課外活動」である部活動が“自主的”なまま広がっていった経緯がよくわかりました。「教員の多忙化」という観点で部活動を見たとき、いま私たちが考えるべきことはなんでしょうか?

私は、部活動よりもっと大事なものを守ってから部活動について話をするべきだと考えます。学校で部活動より大事なものは当然ながら授業です。しかし、日本全体、授業より部活動に比重を置きすぎではないか。

アメリカでは「ノーパス、ノープレイ」ルールという州レベルの法律ができました。簡単に言うと、テストをパスしないとスポーツ(部活動)はプレイできないという法律です。やるべきことをやった後にできるのがスポーツなんだという考えです。

部活動を相対化して考える必要性

でも、日本では勉強しなくてもいいから部活動は入っておけ、なんて言う人もいますよね。その言葉の背景には、授業にちゃんと価値を見いだせていないということもあると思います。

そこには、授業の質という問題があります。では、教員はしっかり準備して授業に臨めているか。現場の教員は「部活動が大変だから授業準備ができない」と悲鳴をあげているわけです。「教員の多忙化」という観点で考えると、教員は部活動で忙しくなり、授業がおろそかになってしまっている。これは問題です。

今、中学生くらいの子どもがいる人は30代、40代で、部活動が当たり前にあった世代です。でも、これまで説明してきたとおり、部活動はずっと昔から当たり前にあったわけじゃないんです。

ぜひこうした部活動の歴史を知って、一度“当たり前”から脱却して、部活動を相対化して考えてみてほしいです。

部活動のほかに、どんなものが教員を多忙化させているのか。その原因について学べる記事はこちら

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