上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか
――タテマエのレベルでは社会が変わったとして、個人はどうでしょうか。
上野:私は、女は変わったと思います。一方で、男はあまり変わっていないように見えます。
先ほどお話したタテマエの男女平等は何によってもたらされたと思いますか? 親からです。そして親を変えたものは何かと言ったら、少子化です。
かつて、家父長制が根強い時代には「末っ子長男」が多かった。跡継ぎとして男の子を望んで、男の子が生まれるまで子どもを作り続けたからです。今では状況は一変しました。データによれば娘が1人または姉妹のみの世帯は子どものいる世帯の4割に上ります。こうなると、息子だけを優遇することは、もはやできません。だって息子を持たない家族が多くなっていますから。
少子化で、ますます子ども中心になった日本の家庭で、娘にも教育を受けさせ、能力を伸ばすよう期待する傾向が増えてきた、と感じます。
ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんが3月に来日しましたが、彼女のお父さんがすばらしい発言をなさいました。「娘の翼を折らないように育てた」と。
かつて、女の美徳は夫と子どもの利益を自己利益より優先するところにあるとされました。今やそういう美徳は通用しません。専業主婦を希望する女性ですら、夫や子どもの利益を自己利益より優先しようと思って選んでいるわけではありません。夫は最初から自己利益のほうを優先していますから、当然、夫とも衝突が起きます。
妻と夫との間で、対等な葛藤が生じてはじめて、がっぷり四つに組んだまともなカップルが生まれるのではないでしょうか。日本の夫婦が「波風立たない」でいられるのは、妻が不平不満を呑み込んでいるからこそです。
ネオリベラリズムによってかえって生きづらくなった
逆風に慣れていると、心も折れにくいのだよ。
『快楽上等!』
――少子化によって女性の解放が進んだとすれば、近年の変化はフェミニズムの観点からは肯定的に評価できますか。
上野:功罪両方ですね、困った変化も起きています。少子化は数十年かけて進んできた変化ですが、同じ時期に浸透したネオリベラリズム(新自由主義)は人々を生きづらくしています。ネオリベラリズムは競争と自己決定・自己責任を強調するところに特徴があります。
社会学者の橋本健二さんの著書『新・日本の階級社会』によれば、自分の現在置かれた状況は自分の能力と努力の結果である、と考える人は、階層の高さと相関があるそうです。ひらたく言えば、お金持ちほど「自分が頑張ったから今の地位を得た」と思いやすいということです。それに加えて、階層が低い人の間でも、自分の現状は自己責任であることに同意する人が少なくありません。
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