上野千鶴子「東大生も追いつめる自己責任の罠」 子どもたちはいったいなぜ壊れ始めたのか
つまり、社会的経済的に困難な状況にある人が「それは自分が招いた結果だ」と考えて助けを求められないことにつながります。
大学教師として学生を見ていて、2000年代から、こうした変化を感じるようになりました。この頃から、自傷を伴うメンタルヘルスの問題を抱える学生が増えたのです。
かつて、社会にうまくなじめない若者といえば、非行少年になるなど、外に向けてエネルギーを発散する傾向がありました。他方、自分で自分を傷つける若者たちは、攻撃性を内に向けてしまいます。学生の変化を見ていて「子どもが壊れ始めている」と、愕然としたことを覚えています。
――2000年代、上野先生は東大で教えていました。今お話のあった「壊れ始めている子ども」は東大生のことでしょうか。
上野:そうです。東大は、もともと学生の自殺率が高いなど、メンタル的に問題の多い大学でしたが、ここ数十年の自傷系の学生の増加は、例外と言えないほどに大きいと感じます。東大生は、偏差値が高いだけの普通の子どもたち。特殊ではありません。
中学・高校の先生方に聞いても同じ、その子どもたちが数年後に大学に入ってくるのですから。先ほど話した自己責任の原理によって、彼/彼女たちは「自分は頑張って東大に入った」と思っています。そして「次も頑張って勝たなくてはいけない」と思っています。競争は1度では終わらないのです。
勉強以外の多様な世界のことを知ったほうがいい
けれども、就職活動は受験勉強のように点数だけでは勝負が決まりません。私が教えていた文学部の学生は就職氷河期には東大生であっても苦労をしています。入社試験のペーパーテストはクリアしても、面接で落とされる。本人はなぜ落とされたのか理解できず、人格否定と受け止めます。そして「自分には価値がない」「生きている意味がない」に短絡する傾向があります。
どれほど経歴が立派でも、一生勝ち続けることはできません。挫折体験がなかったり、価値多元的でなかったりすると、心が折れやすくなります。勉強の出来不出来とは異なる価値基準を持った多様な世界があることを、子どもたちには早めに体験させたほうがいいと思います。
父親にわけもなく愛された経験は、男にきっと愛されるというわけもない自信をわたしに与えた。もちろん、これは根拠のない自信である。この期待は現実によって何度も裏切られたけれども、それでもこりずに男に期待することにおじけづかないという、基本的な楽天性をわたしに与えた。
『ミッドナイト・コール』
――ご自身のお父様に「愛された」と書かれています。父娘仲良しだったのでしょうか。
上野:父親には愛されましたが、「愛してくれたオヤジを尊敬しなかったイヤな娘」です(笑)。
男兄弟の間に挟まれ、兄とは年が離れていたので、私は文字どおり父親からはネコかわいがりされました。息子には厳しく、娘には甘い父親だった。ただし、その愛情はペットに対するような愛でした。息子たちにはかけた期待を娘の私にはかけなかった。
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