小説家・川村元気が「認知症」を描いたわけ ヒットメーカーが「忘れゆく祖母」にみたもの

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――エンターテイメントでしかできないことがあるということですね。

例えば、僕は取材中、基本的にメモを取らない。うろ覚えの状態で帰って、再生成して物語にしている。宮崎駿さんと対談したときに同じようなことをおっしゃっていて、ロケハンの時に写真を撮らないと。なぜかというと、こういうやり方のほうが、強く印象に残った部分に思い切り焦点を当てられるからだ。これはドキュメンタリーやジャーナリズムではNGだけど、エンターテイメントなら許される。

小説でも映画でも、いい作品って、自分の記憶とかアイデアが引っ張り出される感覚があると個人的には思っていて。そういう体験は誰しもあるのではないか。作品の中にすべての要素や答えがそろっているのではなくて、自分の側にあるものを引っ張り出される感覚。僕は自分が子どもの時にしてしまった失敗だったり、意地悪だったりをふいに思い出してしまうことがある。こういうのも、エンターテイメントならではの「あいまいさ」から生まれるかなと思う。

人間にとって「切実なテーマ」を掘る

――川村さんは映画、絵本、ミュージックビデオ、東京五輪のプロデュースまで、エンタメ領域だけでも幅広い仕事を手がけています。その中で自ら小説を書くという仕事はどういう位置づけにありますか?

まず小説を書くときには徹底して、自分にとって切実なものだけをテーマにしようと思っている。だからこれまでの3作品も、「死」「お金」「恋愛感情」という、人間がどれだけ賢くなっても逃げられない、最終的にはコントロール出来ないであろうものを掘り下げてきた。

「小説はたった一人で作る。下へ向けて、深く深く掘っていくイメージだ」(撮影:尾形文繁)

映画は監督、キャスト、ミュージシャンやたくさんのスタッフがいてみんなで作るので、一緒に高い山に登って、遠くの景色を見にいこう!という感覚がある。一方で小説は、基本はたった一人で作る。下へ向けて、深く深く掘っていくイメージだ。孤独だけど、その作業の果てにとてつもないマグマみたいなもの、人間や世界のコアを見つけることができる。

人間にとって切実なテーマって、みんなで騒ぎながら見つけるより、自分の個人的な体験や直感を掘り下げていくことでコアに到達できる場合が多い気がする。多くの人がなんとなく感じているけど、なぜかうまく言葉で表現されていないもの。だけど本当に欲していたり、恐れていたりすること。僕はそれを集合的無意識と呼んでいるけど、そういうものこそ小説にしたい。

――次に掘り下げたい「切実なテーマ」も、すでに決まっている?

そうですね。次のテーマは、神とか宗教。これも誰も逃げられないものだと思っていて。これだけテクノロジーが発達した時代に、神頼みとか、験担ぎとか、そういうものが健在で、むしろ価値が上がっているようにすら思える。自分自身が何かの宗教を信じているわけではないけれど、目に見えなくても絶対にそこにあるもの、という感覚はある。それって何なんだろう、何かを信仰するってどういうことだろう、と思って、すでに取材を始めている。

実は『百花』の中にも、この次のテーマにつながる人物が登場している。かつて新興宗教の信者だった認知症患者。もう自分が誰なのかもあまりわかっていなくて、おそらく信者だったことも忘れているけど、勧誘するという行動だけが身に染みついて残っている。ここには密かに、僕自身の「信仰って、記憶から消えたらなくなってしまうものなのか?」みたいな疑問を乗せている。

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