バイトから5年で専務に昇進した女性の生き様 いじめ経験が社会に出て役立った
「でも違うのよ。1度そのお客さんと食事に行ったら、気を遣わないでいいので、心が安まるの。太客は一時的な娯楽のために来ている人たちが多く、こちらも盛り上げないとっていうプレッシャーがある。でも、その方は私の話を全部聞いてくれる。意外でした。それから細客の方が来てくれたときは“助けに来てくれた”と思うようになったの」
彼らは、野口さんが一生懸命働く姿を見ていて、ファンになってくれた人たちだった。「ああ私、なんて勘違いをしてたんだろう」と気づいたという。当時の“低予算”なお客さんは、今でもお花を買ってくれる大切な顧客だ。
スーパーポジティブの母の教え
野口さんの周囲からの人気を物語るエピソードがある。古くからの友人・古川香織さんは、こう振り返る。
「彼女は、こうと決めたら結果を出すまで諦めないんです。母の日に“今年はこれだけ売る”って目標を作った年があったんですよ。
彼女自身も地方に行って街頭でカーネーションを売ってましたが、なぜか私も自分の経営する飲食店で売ってた。“よし、行くよ!”って戦国武将みたいに旗を振る感じ、人を巻き込むのがうまいんですよね。巻き込まれるほうも嫌じゃないの。
それに彼女は、悪いことはダメという、お金に惑わされないクリーンさがある。ボランティア精神が強いし、困っている人がいるとなんとかしてあげたいと思うから、政治家向きなんじゃないかと思うのよ。だからみんなで都知事に出そうって話してるの。本人も“うん、それ嫌いじゃない”だって(笑)」
いじめられ、コンプレックスにまみれた子ども時代。それを引きずっていたら、今の野口さんはいなかったはずだ。彼女には苦労を笑いのタネにしてしまう強さと、壁を乗り越えようとするバイタリティーがあった。その強さは母の影響が大きいという。
「母によくね、どんなことがあってもニコニコしてなさいって言われてたの。笑ってさえいれば幸せになれるからって。嫌なことがあっても笑えってよく言われたのね。それをフルに活かして生きてると思う」
まだホテル勤めで給料を全部、実家に渡していた野口さんが「飲み会がある」と言うと、母は財布に3000円しか入っていないときでも、その3000円を全部渡して「行くからには楽しんできなさい。人から誘われたら、お金を借りてでも行くものよ。行ったら絶対楽しいから」と言って送り出した。他人に感謝し、どんな環境でも楽しみなさいと教わった。
「母はスーパーポジティブなの。人よりも頑張っちゃうし、人が気づく前に気がつく。私もそう教わりました。誰も気づかないことを率先してしなさいって。食事の準備をしていても、テーブルにスプーンがないことをあなたが気づかなきゃダメよって」
無条件に他人を大切にすることで、多くの人の信頼を得ている。
それは、5年後、10年後の自分に返ってくるだろう。野口さんが他者に向けてきた愛情は周囲に連鎖して、より大きな波長を生んでいる。
編集・ライター、少女マンガ評論家。大学では社会学を切り口に「少女漫画の女性像」という論文を書き、少女マンガが女性の生き方、考え方と深く関わることを知る。以来、自立をテーマに取材を行う。著書に『少女マンガで読み解く乙女心のツボ』などがある。視覚障害者によるテープ起こし事業『ブラインドライターズ』代表も務める。
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