「アメリカの外交政策はイラク戦争後どう変わるか」 ジョセフ・S・ナイ ハーバード大学教授
イラク戦争後、アメリカの外交政策はどう変わっていくのだろうか。ブッシュ大統領が提案する「増派」が、勝利と呼べるような結果をもたらさないとすれば、アメリカはイラク戦争の経験から、どんな教訓を得るのだろうか。
30年前のベトナム戦争敗北後のように、アメリカは“内向き”になっていくのだろうか。現実主義者が主張するように、「民主主義を世界に普及させる」という立場から、「狭い視点から国益を考える」という方向にシフトしていくのだろうか--。見識のある外交問題の専門家たちは、長期的な観点からこうした問題を問い続けている。
過去に目を向けると、外交の専門家たちは、世界におけるアメリカの地位について何度も間違った判断を下してきた。
今から20年前、専門家の間では、「アメリカは衰退する」というのが一般的な意見であった。しかし、その後冷戦が終結すると、「アメリカ一極の覇権の時代が始まる」という見方が新しい常識になった。たとえばネオコン論者は、「世界で圧倒的な力を持つアメリカは、何が正しいか自分で決定することができ、他の国はそれに従うようになる」という結論を導き出していた。保守派を代表する評論家チャールズ・クラウサマーは、こうした見解を“新しいユニラテラリズム(一国主義)”と絶賛し、そうした考え方は、9・11テロが起こる前からブッシュ政権に大きな影響を与えていた。
しかし、新しいユニラテラリズムは、世界政治のパワーの本質に対する深刻な誤解に基づいたものだった。ここで言うパワーとは、国家が望む結果を得る能力のことである。パワーの保有がどのような結果をもたらすかは、それがどのような状況にあるかによって決まる。
たとえば戦闘が砂漠で行われるのならば、巨大で近代的な装備をした戦車は効果的であるが、アメリカがベトナムで学んだように、沼地で戦闘が行われるのなら状況は違ってくる。かつては、軍事力が問題の大半を解決すると考えられていたが、現在の構図は当時とは大きく異なっている。
現在のパワーの配分は、3枚のチェス盤の上で3次元のゲームをしているのと似ている。
いちばん上のチェス盤には国家間の軍事的な関係が存在する。軍事関係ではアメリカが“一極的”で、その状況は今後何十年も変わらないと考えられている。しかし、真ん中のチェス盤には経済関係があり、世界はすでに“複数極”になっている。アメリカは、ヨーロッパや日本、中国などの協力なしに、自身が望む結果を得ることはできない。最後に、政府の支配が及ばない、いちばん下のチェス盤には気候変化、疫病の流行、テロなどの国境を越えた問題が存在し、パワーは無秩序に配分されている。そこでアメリカの覇権を主張するのは意味がない。