令和日本は「海」と「陸」のどちらを志向するのか

国運の潮目は「海洋的」か「島国的」かで変わる

平清盛の政体が強い海民性を持っていたことは先に述べた。源氏はそれを滅ぼして、平家の海洋王国構想はいったん水泡に帰した。だが、執権となった北条氏は「海上交通の支配」に積極的だった(同書、32頁)。

これは海上交通に積極的だったというより、海上交通の支配に積極的だったと読むべきだろう。北条氏はそれまで京都の王朝の統治下にあった西日本、九州の交通路を掌握し、北では津軽・下北から北海道に勢力を持つ安藤氏を取り込み、南方では口永良部島・喜界島・徳之島を配下の千竈(ちかま)氏の所領として、列島全域の交易を一手に収めた。

元寇という国難的事態を考えれば、北条氏の得宗独裁体制が列島全域の海民支配を優先的にめざしたのは当然のことである。

「陸の国」から「海の国」へ

だが、室町時代に入り、中央政府のハードパワーが落ち、有力な守護大名たちが幕府の統制を離れて自由に交易活動を展開するようになると、海民たちが自由に活動する時代が到来する。

人々は国家の軛(くびき)から解き放たれてアジア全域に雄飛するようになる。山田長政はシャムに渡って政府高官となった。朱印貿易で巨富をなした呂宋助左衛門の終の棲家はカンボジアだった。高山右近は家康のキリシタン国外追放令を受けてフィリピンに去り、その「殉教者」的な死はマニラ全市のクリスチャンによって悼まれた。

これらの「グローバル」な活動家たちの中にあって、海洋的な構想において際立つのは豊臣秀吉である。秀吉の朝鮮出兵は意図がわからないという人が多いが、秀吉は別に朝鮮半島に用があったわけではない。半島経由で明王朝を攻め滅ぼし、後陽成天皇を中華皇帝として北京に迎え、親王のうちの誰かを日本の天皇にする計画だったのである。

秀吉自身は寧波に拠点を置いて、東シナ海、南シナ海を睥睨する一大海洋帝国を構想していた。典型的に海民的な構想だが、間歇的に発現する海民的性格というものを理解しない人たちの眼には単なる狂気としか映らなかったであろう。

秀吉の海上帝国構想が頓挫した後、江戸時代という長い「陸の国」の時代が来る。この時代の海民たちはそれでも漁労、海産物商、木材・薪炭商、廻船業者として体制内的な商業実務に携わっていた。金融、経営、雇用などにかかわる商業文化の洗練に海民たちは深く与っている。幕末に欧米列強が日本に開国を迫った時の日本が経済社会として熟成していたことに網野は海民の貢献を見ている(同書、40─41頁)。

「ビヒモスの時代」には「リヴァイアサン」的な活動は異端として斥けられるが、「陸の国」の国家経営が行き詰まると、再び「海の国」に希望を見出す人たちが出てくる。例えば、幕末に神戸海軍操練所を開いた勝海舟も、そこで勝に航海術を学び、亀山社中という私設海軍かつ商社というきわめて海民的な組織を創建した坂本龍馬もそうである。勝が海軍操練所・海軍塾(塾頭は龍馬)を開いたのは、清盛が日宋貿易の拠点と定めた大輪田泊の跡地である。これが偶然の一致であるはずがない。

そして、明治以後、また揺れ戻しがあって、日本は「陸の国」となる。外形的には艦船を外洋に送って、領土を海外に広げたわけだが、これを日本社会の海民性の発露と見ることはできない。すべての変数を単一の方程式で制御しようとする中央集権的な政体は非海民的である。そして、そのことが最終的に日本に致命的な敗戦を呼び込む。網野は明治以後の非海民的な70年をむしろ日本歴史上では例外的な時期とみなしている。

「海を国境とし、列島を『島国』にしようとしたのは、国家、支配者であった。とくに帝国への志向を強く持った古代の『律令国家』百年と、敗戦までの近代国家七十年は、『日本国』千三百年の歴史の中で、きわめて特異な時期であったといわなくてはならない。

朝鮮半島をはじめ周辺諸地域に対する侵略的・抑圧的な姿勢、そこに根を持つ『異国人』に対する差別は、この時期、顕著に表面に現われる」(同書、326頁、強調は筆者)。

私も網野のこの評価に与する。明治維新以後今日までを通覧すると、海外に領土を拡大しようとして抜き差しならない戦争を始めたこと、軍民310万人の戦死者のほとんどは1942年にミッドウェーで帝国海軍の主力艦船を失った後のものであること、戦後日本の高度経済成長を支えたのが海運貿易であったこと、人々が土地の所有・売買を経済活動の中心にしたバブル崩壊で日本経済が再起不能の深傷を負ったこと。これを見ると、海洋的であるときと島国的であるときで国運の潮目が変わるという一般的傾向があるように見える。

もちろん、私の眼に「そう見える」というだけの話であるが、私にはそう見える(後編に続く)。

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