令和日本は「海」と「陸」のどちらを志向するのか 国運の潮目は「海洋的」か「島国的」かで変わる

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シュミットはアテナイから説き起こして、ヴェネチア、オランダ、イギリスといった海洋国家がいかにして大陸国家を圧倒して、世界史的なパワーとなり得たのかを記述した。そして、19世紀のイギリスとロシアの緊張関係がしばしば「鯨と熊」の戦いで図像化されたことを引いた後に、「世界史は巨大な鯨、リヴァイアサンと、同じく強大な陸の野獣で、雄牛あるいは象として考えられていたビヒモスとの間の戦いである」(同書、18頁)と書いている。

世界史は陸の国と海の国、陸獣ビヒモスと海獣リヴァイアサンの間の戦いの歴史であるというのがシュミットの説である。

「陸と海」であれ、「定住民と遊牧民」であれ、「アーリア人とセム人」であれ、「ブルジョワとプロレタリア」であれ、何かと何かの根本的な対立が世界史を駆動しているという話型は、少なくともヨーロッパでは、それなしでは思考することができないほどに根源的な世界理解の枠組みである。シュミットの陸と海もその変奏の一つである。

いくつかの二項対立のうちでとりわけシュミットの「陸と海」という対立図式に私が惹かれるのは、日本の場合は、同一集団の内部にその二つの性格が拮抗しているように見えるからである。列島住民たちは、自分たちが陸の国として立つべきか海の国として立つべきか、それを確定しかねていた。

だから、あるときは海洋国家を志向し、あるときは陸の国に閉じこもろうとする。日本は文字通り「海のものとも山のものともつかぬ」両棲類性の国家なのである。これが私の第二の仮説である。

日本社会の「海民性」

網野善彦は、日本人が自らの社会を「農業社会」「稲作社会」と考え、古代以来、江戸時代までは「農業国」であったという認識を持っているのは「事実と異なる虚構であり、そこから描かれる日本社会像は大きな偏りを持っているといわなくてはならない」と断じている(網野善彦、『海民と日本社会』、新人物往来社、1998年、9頁)。

「最も顕著、かつ重大なのは、現実の生活がさまざまな面で海に大きく依存しているにも拘らず、日本人が自らを専ら農業を主とする『民族』と思いこみ、自らの歴史と社会の中での海の役割について、ほとんど自覚してこなかったという点にある」(同書、9頁、強調は筆者)。

なぜ日本人は自分たちが発生的には定住農民であるという誤った自己認識を抱くのか、なぜ自らの文化と社会における海民性に無自覚ないし抑圧的であるのか。この興味深い事実について、網野は次のような説明を試みている。

「中国大陸の国制―律令を受け入れて確立した古代国家、『日本国』は、六歳以上の全人民に田地を班給し、課税の基礎としたのであり、すでに百姓を稲作農民としようとする志向を強烈に持っていた。なぜこのような制度が採用されたかは、日本の社会、文化、歴史を考える上での根本的な大問題であるが、当面、この国家の支配層の基盤とした共同体のなかで、水田が祭祀とも深く結びついた公的な意味を持つ地種であったことにその理由を求める程度にとどめざるをえない」(同書、16頁、強調は筆者)。

海民性が権力者によって排斥された理由はよくわからない。網野はそう書いている。とりあえずそれは自然環境のせいでも、産業構造のせいでもなかった。わかっているのは、稲作祭祀を列島に持ち込んだ集団が、水田を土地のありようの基本とみなし、「百姓」(本義はさまざまな姓をもつ人々、一般庶人)を農夫に限定的に解釈するという心的傾向を持っていたということだけである。

日本を「陸の国」とみなし、そこに住む民の本来的なありようを定住的な農夫に限定しようとするのは宗教的あるいは観念的なこだわり、一個の民族誌的偏見であり、必ずしも生活の実相を映し出していない。そう考えると、歴史的条件の変動によって、不意に民族の海民性が社会の表層に露出してくるという事態が説明できる。

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