令和日本は「海」と「陸」のどちらを志向するのか

国運の潮目は「海洋的」か「島国的」かで変わる

伊邪那岐が海神を「生んだ」という話は、倭王朝が海神を祖神とする部族を服属させて、彼らが信じる神を、倭王朝の神統のうちにローカルな神として位置付けたことの神話的な表現である。事実、『日本書紀』には、応神天皇のときに、各地の海人が抗命したのを鎮圧した功によって、阿曇大浜が「海人之宰」(海人の統率者)に任ぜられたとある。この人が阿曇連の祖である。

おそらく、それまでは王権に服属していなかった海人たちを、阿曇大浜が海人の反乱を契機に実力で抑え込み、部民組織に再編して、天皇に仕えたという歴史的事件があったのであろう。

こんな古代史トリビアは忘れていただいて構わない。私が言いたいのは、海部とは海産物を贄として上納し、また航海術という技術を以て天皇に仕えたということ、それだけである。

航海術とは自由に移動する技術である。だから、「自由に移動する技術を以て主に仕える」というセンテンスは本質的には背理である。「主に仕える」というのは「自由を失う」ということだからである。

海洋であれ、河川であれ、湖沼であれ、もともとは無主の場である。水は分割することも所有することもできないし、境界線を引くこともできない。海民たちはこの無主の空間を棲家とした。だから、海民を服属させたときに権力者が手に入れたのは、海民たちの「どこへでも立ち去ることができる能力」そのものだったということになる。

ヘーゲルによれば、権力を持つ者が何より願うのは、他者が自発的に自分に服属することである。その他者が自由であればあるほど、その者が自分に服属しているという事実がもたらす全能感は深まる。

天皇は多くの部民たちを抱え込んでいたけれど、その中にあって、「ここから自由に立ち去る能力を以て天皇に仕える」部民は海民だけであった。それゆえ海民は両義的な存在たらざるをえない。というのは、海民は自由であり、かつ権力に服さないがゆえに権力者の支配欲望を喚起するわけだが、完全に支配された海民は自由でも独立的でもなくなり、彼らを支配していることは権力者にもう全能感や愉悦をもたらさないからである。

だから、海民は自由でありかつ服属しているという両義的なありようを求められる。その両義性こそ日本社会における海民性の際立った特徴ではないかと私は考えている。

沖には平家の船、陸には源氏の騎馬武者

海部の文身の風習を紹介した注記の中で、梅原猛は海部と飼部を対比的に紹介した。私が胸を衝かれたのは、海部と二項的に対比され得る部民がいて、それが飼部だということであった。

海部は航海術を以て天皇に仕えた。それは言い換えると、水と風の自然エネルギーを制御する技術によって天皇に仕えたということである。では、飼部は何を以て仕えたのか。「馬術を以て」と梅原は書いている。それは野生獣の自然エネルギーを制御する技術ということである。海部と飼部はいずれも野生のエネルギーを人間にとって有用な力に変換する技術によって天皇に仕えたのである。

とすると、この職能民たちの間で、「どちらが自然エネルギー制御技術において卓越しているか?」という優劣をめぐる問いが前景化したということはあって不思議はない。ふと、そう考えた。そして、そう考えたときに「なるほど、源平合戦というのはこのことだったのか」と、すとんと腑に落ちたのである。それについてもう少し詳しく書く。

平安貴族政治が終わる頃に二つの巨大な政治勢力が地方から中央へ進出した。一方は平家である。西国の沿海部に所領を展開し、海民たちをまとめ、平清盛の父忠盛の代に伊勢に拠って、軍功を上げて、宮中に勢力を広げた。平清盛は保元平治の乱を経て、独裁的権力者となり、貴族たちの反対を押し切って福原遷都を挙行し、大輪田泊を拠点に東シナ海全域に広がる一大海洋王国を構想した。

朝廷内に理解者の少なかった(たぶんほとんどいなかった)この海民的構想を実現するために清盛はきびしく異論を封じた。そのことに不満を抱いた人々が平家追討の主力を「もう一つの野生エネルギー制御者」である源氏に求めたのは選択としては合理的である。

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