遺言書で「もめる人」「もめない人」の致命的な差 ある書家が残した妻への「最後のラブレター」
それまで黙って長男の話を聞いていた二男が口を開きました。二男は、お父さんがこの遺言書を書いた経緯を話し始めました。お父さんはずいぶんと悩んで、ようやく遺言に関する自分の考えが定まったところで、二男のところへその考えを伝えにきたそうです。そのときに二男がお父さんから聞いた話の概要は、次のようなことでした。
まず、お父さんが考えた遺言の内容は次の3つでした。
長男の嫁は、長男と結婚してからずっと、自分たち夫婦と多くの時間をともに過ごし、面倒を見てくれた。長男ではなく嫁に遺産をあげても、長男は自分の想いをわかってくれるだろう。
少し障害のある孫と2人で暮らしている長女が、孫のために使えるようにしたい。
お父さんの想いは以上のようなものでしたが、これでは二男に残せるものがほとんどなくなってしまいます。お父さんはそれが気になって、二男がこの遺言を受け入れてくれるかどうかを聞きに来た、とのことでした。
二男は、お父さんが遺言書を書く前に自分のところに来て、お父さんの想いを聞かせてくれたことがうれしかったようです。二男はお父さんの考えを尊重することにしました。二男の理解を得たうえで、お父さんが書き上げたのがこの遺言書でした。
二男は、お父さんがこの遺言書を書いた経緯をこのように話しました。私は、この遺言書を読んだときに、お父さんと二男は不仲だったのかなと思ってしまいました。しかし、お父さんは決して二男に遺産をあげたくなかったわけではなく、お父さんの想いを強いものから順に並べていくと、このような遺言にせざるをえなかったのです。
二男もお父さんの想いを理解しました。それがこの遺言書に集約されています。お父さんはもめない遺言書にするための仕上げを見事にしていました。これはもめるはずのない遺言書でした。誰からも遺留分請求は起こらず、それどころか、相続人全員がお父さんの心配りとお父さんの想いを受け入れてくれた二男に感謝しました。
遺言執行者が指定されていましたので、相続手続きはスムーズに終えることができました。手続きが完了して、お母さんに会ったとき、「私も夫のような遺言書を作りたいので、先生、手伝ってくださいね」と言われました。後日、お母さんは本当に事務所にお見えになりました。
何度も相談を重ねて、ご主人に劣らぬ遺言書を作られました。これもまた心に残る遺言書になるはずです。その遺言書はまだ開かれていません。
ある書家の残した「特別な遺言書」
もう1つ、数ある遺言書の中で、私の中に最も強い印象を残している遺言書をご紹介します。
ご主人を亡くされた奥さんからの相続手続きに関する相談でした。相続人は妻と長男、二男でした。ご主人が亡くなられて、奥さんがご主人の机を整理していると、預金通帳や証券会社の取引報告書、家の権利書などが出てきたそうで、この名義を変えたりしなければならないが、自分にはできそうにないので、手続きをお願いしたいとのことでした。