「過労死」した46歳自治体職員の悲劇と妻子の今 読み継がれる6歳息子マー君の「ぼくの夢」

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愛する家族の存在があっても生の世界に踏みとどまることができない、浩さんの絶望的な気持ちが、この文面にあふれている。ここからはわたしの想像だが、亡くなる最後の瞬間まで、浩さんの心には「生きたい」という気持ちが残っていたと思う。それでも生き続けられないほど、疲れ果ててしまったのだろう。命のガソリンを使い尽くしてしまったのだろう。

『過労死 その仕事、命より大切ですか』(ポプラ社)。書影をクリックするとアマゾンのサイトにジャンプします

過労死、過労自死の記事を書いていると、「死ぬくらいなら仕事を辞めればよかったのに」という感想を聞くことがある。

いわゆる「自己責任論」の1つだと思うが、よく考えてみてほしい。塚田浩さんの心身がもし正常な状態だったら、愛すべき家族を残して命を絶つわけがない。

紀見峠に立ったとき、浩さんは「仕事を辞める」という選択肢が頭に浮かばないほど、深刻な心の病(うつ病)に陥っていた。それは間違いない。そんな状況の人に自己責任論を振りかざしても意味がない。もっともっと手前、働きすぎで心の病にかかる前に、手を打たなければならないのだ。

亡くなってから3年以上たった2003年12月、浩さんの死は公務員の労災にあたる「公務災害」と認定された。仕事が原因で亡くなったことを公式に認められたということだ。正式に認定された死亡前1カ月(2000年2月)の残業は117時間だったが、家での仕事を含めた遺族側の計算では200時間近くにのぼっていた。脳や心臓の病気について国が定める過労死ラインは「月平均80時間超の残業」である。少なくとも過労死ラインを超える働き方を世の中から一掃しない限り、過労死はゼロにならない。

〈ぼくはタイムマシーンにのってお父さんの死んでしまうまえの日に行く そして「仕事に行ったらあかん」ていうんや〉

幼い子どもにこんな悲しい思いをさせることは、2度とあってはならない。

「過労死のない社会になって欲しい」残された妻の願い

浩さんが亡くなってから19年が経ち、マー君はいま、立派な青年になっている。

「タイムマシーンをつくる」と言ったころから、マー君は科学の本をたくさん読み始めた。小学校高学年になると、顔をしかめて「タイムマシーンは難しいみたい」と母の美智子さんにつぶやいたこともあった。

そうしたことが下地にあったのか、理系の大学に入り、大学院にまで進んで、新薬の開発などの研究をしてきた。昨年の春に民間企業に就職。タイムマシーンはあきらめたが、別のかたちで誰かの「命を助ける」という目標を持ち続けているという。

「息子が安心して働ける、過労死のない社会になってほしい」

それが美智子さんの切なる願いだ。

牧内 昇平 ジャーナリスト

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まきうち しょうへい / Shohei Makiuchi

1981年3月東京都生まれ。朝日新聞記者。2006年東京大学教育学部卒業。同年に朝日新聞に入社。経済部記者として、電機・IT業界、財務省の担当を経て、労働問題の取材チームに加わる。主な取材分野は、過労・パワハラ・働く者のメンタルヘルス問題。共著に「ルポ 税金地獄」(文春新書)。特に過労死については、遺族や企業に取材を重ね、2年にわたり特集「追い詰められて」を執筆。

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