50歳「心を病んだ人を救う男」の潔い生き様 彼は刺される覚悟を持って現場に赴いている

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そして話を聞いていて気づいたのが、押川さんからは、金に対する話はほとんど出てこないことだ。金銭的には不安定なフリーランスでありながら、儲かる、儲からない、を行動の基準にしていない。

「お金の計算ばかりしてると、お金に困りますよ。ちゃんとやってれば、お金は天からふってきます。すってんてんになる覚悟さえしておけば大丈夫だと思いますよ。身の回りはつねに身軽にしています。かつては不動産も持っていましたけど、とっくに手放しました」

押川さんに依頼する親御さんはお金持ちの人が多いという。代々お金持ちの人もいるし、よい学校を出てよい会社に入り高給取りになっている人もいる。

お金持ちが自分を「不幸」と言う世界

高層マンションに住み、外車を乗り回す、誰もがうらやむような環境にいながら、それでも彼らは自分を不幸だと言う。

「ずっと金の話をしてる人が多いですよ。子どもの前でも金金金金、金の話ばかり。患者さんが小さい頃からずっとそうだったんでしょうね。

金がない人は金の話をしますよね。それは切実に金がないんだから仕方がない。でも金もちは金があるのに金の話をする。結局、中身は一緒なんですよ。たとえ金はあっても心は貧しいんです」

親の保有する高級マンションに住み、一流ブランド品に囲まれて生活している対象者も多い。

「最近の患者さんの特徴として、私が身につけている物を観察するというのがあります。『押川さんがつけてるの、本物の高級腕時計じゃないか!!』で話が始まるケースがじつに多いです。

彼らにとって人の中身なんか関係ないんです。親も子も『成功者は成功者の形をしてるだろう』って思ってるわけです。みすぼらしい格好をしてる医者の話なんて聞きもしないんですよ。『貧乏くさい格好してるヤツは腕がないんだろう』って言うわけです。私なんかは、逆にそういうみすぼらしい人にこそ興味が湧いちゃいますけどね。

私も仕事をこなすには持ち物や見てくれにお金や手間をかけなければならなくなりました。50歳の身ではなかなか大変ですよ(笑)。

端的に言えば『人間味がない社会』になっているんだと感じます。効率のみを求めるシステム重視の世界で勝ち上がっていくには、人間味なんて邪魔でしかないですから。『つらい』『苦しい』なんて言葉はかき消されてしまいます。

でもそんな時代だからこそ、患者さんにはアナログの言葉が効くんです。

『殺すな!!』

『お前には信用があるのか?』

『今、お前は幸福か?』

と心を込めて言えば、患者さんは振り向いてくれます」

インタビュー中、押川さんは何度も感情をあらわに「殺すな!!」と発していた。

押川さんはとてもまっすぐでお節介焼きな優しい人だと思った。そんなケレン味のない押川さんが発する言葉だから、患者や読者の胸に届くのだろう。

村田 らむ ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター

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むらた らむ / Ramu Murata

1972年生まれ。キャリアは20年超。ホームレスやゴミ屋敷、新興宗教組織、富士の樹海などへの潜入取材を得意としている。著書に『ホームレス大博覧会』(鹿砦社)、『ホームレス大図鑑』(竹書房)など。

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