50歳「心を病んだ人を救う男」の潔い生き様 彼は刺される覚悟を持って現場に赴いている

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ほかの業者と比べて、クオリティの高い仕事をするよう心がけていたため仕事を取ることはでき、お金には困らなかった。

ただ、警備会社はすでにかなり出来上がっている世界だった。完成している業界で、トップを取るのは難しい。上に行くには、媚びなければならない。

それでも、談合を破って大きい公共事業の仕事を取るなど、革命的な仕事の取り方をしたこともあった。結果的に大手の警備会社が押川さんの会社の下請けになった。

「そうしたらフィクサー(黒幕)からスカウトがきちゃったんです。右翼、暴力団、警察などに顔がきく、某政治家の公設秘書でした。

スカウトがきて『こりゃやべえ』と思ってやめることにしました」

「自分が話をして付き添ってやれば」

その頃、トキワ警備で雇用していた従業員の1人が統合失調症を発症し、派遣先で迷惑をかける事態になった。

その当時はどうしてよいかわからず、彼の両親に迎えに来てもらい、故郷に帰した。彼は医療につながったが、家族の話では激しく抵抗し、近所の人の手を借りて無理やり病院に連れて行ったということだった。押川さんは、

「せめて俺が話をして付き添ってやれば、暴れるようなことはなかったのに」

と後悔した。

そんなおり、川崎の保健所の定例会で、役所の人が「精神疾患の患者さんを病院に連れて行くのに困っている」という話を聞いた。

「パッと事業のアイデアが浮かんだんです。

警備業には3つの柱というのがあります。『身体』『生命』『財産』を守るというものです。であれば、治療を受ける必要がある患者さんを医療につなぐ行為も、『身体』『生命』『財産』を守る行為だなと思いました。

当時は患者さんをスマキにして運ぶのが一般的でしたけど、私は高校時代の経験から『俺は患者さんと話ができる』という自信がありました。対象者を直接説得して、自らの意思で病院に行ってもらおうと思いました」

警備会社の利権はほかの会社に渡し、スタッフはすべて移籍できるよう話をつけた。そして裸一貫で新宿にやってきた。

新宿は小さい頃からのあこがれの街だった。

「25~26歳でしたね。新宿の雑居ビルに自宅兼事務所を借りました。保証人はいなかったので、知り合いの警察官の方に保証人になってもらいました。不動産屋に『文句ある?』って言ったら、『ありません』って言われました(笑)。

そこで『精神障害者移送サービス』を立ち上げました(現在は社名変更し『トキワ精神保健事務所』になった)」

はじめはタウンページに広告を掲載して営業をかけた。すぐに問い合わせがきた。

「依頼人は対象者の弟さんでした。自分の自動車で現場に行きました」

現場は、対象者と母親が同居している住居だった。毎月、依頼人が精神疾患の薬1カ月分を届けてポストに入れていた。薬を飲んでいるなら病院に入院しなくていいだろうと思っていたが、ここのところ薬が受け取られなくなってしまった。

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