日本中の「ダム」が愛されスポットに転じた背景 かつては無駄使いの象徴と言われたのに
2000年前後は、ガスタンクや水門のような特殊建造物などを個人が収集したサイトが流行していた時代である。だが、ダムについては掲載されているサイトはあったものの、全体を網羅するようなものは萩原氏が作るまで存在していなかった。
ダムごとのホームページはおろか、公的機関が管轄するダムをまとめたホームページすらなく、萩原氏は図書館で日本ダム協会が毎年発売しているダム便覧の訪ねたいダム情報をノートに書き写しては遠路訪問。
訪ねたダムがある程度たまったところでサイトをオープンさせた。半年後、ヤフーに掲載されたことから火が点き始める。「実はダムが好き」というカミングアウトが相次ぎ、横につながり始めたのである。
ファン増大につながった「ダムカード」
その人気を受け、2004年からは3回ほどダム巡りバスツアーが開催され、それがDVDや書籍、イベント開催へと広がっていくのだが、転機になったのは2007年に誕生し、ファン増大に大きく貢献してすることになる「ダムカード」だ。今ではマンホールカード、ジオカード、名水百選カードなどさまざまなカードが作られているが、先駆はダムだったのである。
きっかけは2006年の夏に開かれたイベント。ダム訪問時にもらえるフォーマットの異なるパンフ類は集めにくい、統一規格で作られた野球カードのような品があったらうれしいという話が出たのだが、それが国土交通省の当時の担当者、三橋さゆり氏に伝わった。
あらゆる広報活動が見向きもされない状況下、2005年からダムを担当していた三橋氏はイベント参加者から聞いたダムカードの構想に閃くものがあった。
そこで2007年1月に萩原氏などにコンタクトを取って構想を固めて、5月の各地のダム担当者が集まる会議に諮り、6月には仕様を決定し、7月から配布と畳みかけるようなスピードでダムカード配布にこぎ着ける。国土交通省は以前から7月最終週を「森と湖に親しむ旬間」としてさまざまなイベントを実施しており、ダムカードはそこでデビューを飾ったのである。
あえて記者発表はしなかった。ダム人気はマニアが自分たちで密かにじわじわと高めててきたもの。マスメディアによる情報発信をよしとしないマニア心を考えれば記者発表は無用、魅力を発見してくれた人たちの視点で広めていくべきと考えたのだという。当時の雰囲気からすると広報費など無駄遣いと言われかねない懸念もあった。
三橋氏の予想通り、ダムカードは大新聞やテレビが知らないところで徐々に広がっていく。配布から半年としないうちにネットオークションに登場。その場に行かないともらえないというハードルはあるものの、無料で配布される役所が作ったカードに値が付いたのだ。半年後、初の取材が来た。「ディープな情報を追求するアキバ系電脳マガジン」を標榜する『ラジオライフ』という、ヨソが取り上げないものを取り上げる雑誌だった。
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