ディープ・ステートは、Qアノンの世界観の特徴の1つだ。Qアノンは、トランプ支持の庶民の多くが「ネット上に流れ出した国家機密情報に基づく」と信じ込んでいる奇怪なツイッター言説である。その言説によれば、クリントン元大統領夫妻やオバマ前大統領ら民主党重鎮、FBI、CIAや伝統メディア、政府官僚たちが国家内国家をつくって世界的な児童誘拐や売春を展開しており、ユダヤ系財閥も背後にいる、という。トランプは軍部を味方にこの闇の国家と密かに戦う英雄だ。
この陰謀論の世界にはまり込んでいれば、新聞やテレビなど伝統メディアの報じるニュースや解説はすべて「フェイク」であり、トランプ支持は揺るがない。アメリカン・シンカーのコラムは、こうした言説のインテリ版ともいえる。
憲法起草者らが恐れた行為に走ったのはオバマ
トランプ派メディアのインテリの知性がこのレベルにまでしか達しないなら、それほど恐れる必要はない。だが、もっとレベルの高い言説がある。
例えば『クレアモント・レビュー・オブ・ブックス(CRB)』の昨秋号に掲載されたアンドリュー・マッカーシーの書評を見れば、それがわかる。マッカーシーは保守系誌の草分け『ナショナル・レビュー』の持つシンクタンクの上級研究員だ。CRBの書評では、オバマ政権高官も務めた著名な憲法学者キャス・サステインの著書『弾劾』など2冊を取り上げ、持論を展開した(アメリカ論壇では長文書評で評者が自説を展開する)。
この書評でマッカーシーは、合衆国憲法が弾劾の対象と定める「重大な罪と軽罪」について、憲法制定時の論争にさかのぼって考察。その結果として、弾劾は政治的に行われるべきでなく、あくまで法的であるべきで、大統領権限の途方もない乱用や選挙時の不正が主たる対象だとする。また加害国勢力の陰謀への警戒も制憲時の大きな懸念だったと指摘する。
そうした立論を経て、憲法起草者らが恐れた行為に走ったのは、トランプ大統領よりむしろオバマ前大統領であったと論じる。新しい医療保険制度オバマケアやリビアのベンガジでの米大使殺害事件(2012年)など重要問題・事件で国民に虚偽の説明をし、イランの核問題やアフガニスタンのタリバンとの交渉で外国勢力と秘密取引をしたオバマ前大統領こそが、弾劾の対象であったと主張する。
誰が本当の「暴君」であったかは、リベラル派とは意見が一致しないが、大統領に対する「事実と政治」をめぐる訴追は、長期にわたる公開の議論が必要だとマッカーシーは結んでいる。こうした保守派知識人の重厚な議論が、トランプ派言説の基底にどっしりと据えられていることも、忘れてはならない。
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