同社の強みはまさに木版画の技術力だ。「すばらしいと言ってもらえるものを作る」ということを徹底しており、業界トップクラスの熟練技をもつ職人が、江戸時代から続く木版画の技術を現代に受け継いできた。
長年にわたり技術力の維持を可能にしてきたのは、創業当初からの彫師と摺師が一つ屋根の下で作業する工房スタイル。互いの作業をつねに確認し、細かい修正をすることで作品の完成度を高めてきた。
それに加え、熟練の職人の下で、若い職人たちが高度な技術を習得するための修業を可能とし、技術が受け継がれてきた。
また、現在に至るまで、数多くの浮世絵版画の復刻を手がけてきたことで、職人たちが技術のベースを磨く場が与えられてきたことも技術の習得に寄与してきた。
こうした技術力向上の積み重ねにより、同社が版木を制作し、現在取りそろえる浮世絵は約1300点。われわれが知る浮世絵の名作はほぼすべてそろっており、これだけ多くの種類を復刻し販売している業者はほかに類を見ず、日本で唯一無二の技術工房といえる。
職人の後継者問題が課題に
「今後の課題は職人の後継者問題」と4代目社長の中山年氏は語る。近年のデジタル印刷技術の発達により、木版の需要が年々減少。これに伴い、伝統的な木版技術を担う職人の後継者が減少傾向にあり、技術継承が危機的状況に陥っているという。木版画において重要な役割を担う彫師は現在、全国(大半が東京と京都)で約60人と聞かれるが、大半が60歳以上と職人の高齢化も進んでいる。
こうしたことから、後継者育成のため、同社が母体となり、1994年に伝統木版の技術の継承と啓蒙普及を目的とした公益財団法人アダチ伝統木版画技術保存財団を設立。同財団にて、職人希望者を伝統木版画技術研修生として募集し、アダチ版画研究所所属の職人が講師となり、職人が直接技術を教える半年間の研修を実施している。
研修後、本人の希望があれば適性などを考慮したうえで、社員として受け入れることもあるというが、研修生から社員になれるのは5割くらい。さらにそこから社員として5年続くのは半分から3分の1くらいで、「座っているのがつらい」「腰が痛い」など肉体的な理由で退職する人が多いそう。後継者育成の厳しさがうかがえる。
今後の展開として、中山社長は、「喫緊の課題である後継者の育成はもちろんのこと、職人がつねに腕を磨く場を提供できるように、木版画の新たな需要をつくり出していきたい」と語る。インターネットの普及により、10年くらい前からギフト用として、外国人向けに浮世絵の販売が増加しているというが、今後は海外作家の木版画なども増やしていくことで、国内外を問わず、木版画全体の需要拡大を狙っていく。
9年後の2028年に100周年を迎えるアダチ版画研究所。江戸の文化、木版技術を今に伝える唯一無二の企業として、その存在意義は大きい。木版技術が継承され、日本が世界に誇る浮世絵版画が絶えることなく次の100年も続くことを期待したい。
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