欧米人が天皇を"キング"とは呼ばない深い理由 世界で残るたった一人の「エンペラー」の謎

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それ以前、天皇は御所を表す「内裏(だいり)」と呼ばれたり、御所の門を表す「御門(みかど)」と呼ばれていました。「みかど」に「帝」の漢字を当てるのもやはり、中国を意識した対外向けの表現であったと考えられます。

こうした状況で、ルイス・フロイスは天皇を「Dairi」と表記しました。いずれにしても、16世紀の段階で、天皇を「エンペラー」とする表記はありませんでした。

天皇は本来、「キング」に近い存在

皇帝は一般的に、広大な領域を支配する君主で、複数の地域や国、民族の王を配下に持ちます。つまり、王の中の王が皇帝なのです。その意味では、天皇は明治時代以前、日本一国の君主でしかないので、皇帝よりも王に近いと思われます。

「王」を意味する英語の「king(キング)」やドイツ語の「König(ケーニヒ)」は、古ゲルマン語の「kuni(クーニ)」が変化したものです。「kuni」は「血族・血縁」を意味します。英語やドイツ語などの「王」には「血族・血縁」という意味が表裏一体のものとして内在されています。王は「血族長」として、1つの部族をまとめ、さらに1つの民族をまとめ、一定の領土を支配領域とすることで、最終的に一国の君主となります。

一方、皇帝は血縁に関係なく、実力者がなるという前例が数多くあります。ヨーロッパでは、ローマ帝国時代から優秀な者を養子に迎え、帝位を引き継がせ、実力者が武力闘争やクーデターによって皇帝となることもありました。

しかし、王は違います。王になるためには必ず、血統の正統性が要求されます。例えば、ナポレオンなどは皇帝になれても、王になることはできませんでした。皇帝は王よりも格上の存在です。ナポレオンが格上の皇帝になることができて、格下の王になれなかったというのは一見、矛盾した話のように聞こえますが、こうした背景があるのです。

ただし、神聖ローマ皇帝位をハプスブルク家が世襲しはじめる15世紀には、皇帝位にも、血統の継承性が重んじられるようになり、各国の王位の継承性とバランスを取ることが慣習的に定着します。そのため、ナポレオンが19世紀初頭に突如、皇帝になったことはヨーロッパの保守派の間では到底、認められるものでないばかりか、ほとんど嘲笑の的でした。

「万世一系」の皇統を持つ(諸説あり)天皇は、血統による正統な君主という意味でも、「キング」の訳を当てたほうが適切かもしれません。しかし、天皇という「キング」とは異なる言葉の意味や、天皇が中国皇帝に対抗したという歴史的経緯もあり、前述のケンペルをはじめとする欧米人たちは天皇を「エンペラー」と見なし、そのような称号で扱うことを一般化し、国際儀礼としたのです。

宇山 卓栄 著作家

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うやま・たくえい / Takuei Uyama

1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家に。各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。著書に『朝鮮属国史 中国が支配した2000年』、『韓国暴政史 「文在寅」現象を生む民族と社会』、『経済で読み解く世界史』(以上、扶桑社)、『民族で読み解く世界史』、『王室で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界史で読み解く天皇ブランド』(悟空出版)、『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社)など、その他著書多数。

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