あなたは親の背中が見えますか? 教えられた芸は忘れるが、盗んだ芸は忘れない

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弟子を育てるのは社会への恩返し

ちょっと話はそれますが、親の背中ではありませんが、似たような背中で、このようなときに私が決まって思い出すエピソードがあります。京都の大きな工務店の社長Tさんのお話です。山陰の田舎から60年前に京都に出てきて、徒弟制度で一人前の大工になったTさんは、独立してからもずっと徒弟制度で弟子を育ててきました。

もう息子の代になり隠居の身のTさんに、郷里の知人がたっての願いにと、不良になった孫の弟子入りを頼んできたのです。Tさんの工務店の跡を継いだTさんの息子たちは大反対。でもTさんは、社会への恩返しにあと一人だけ弟子を育てたくなった、と引き受けました。新入りの住まいが住み込みでなく、Tさん宅の近所のアパートなのがTさんは気に入りませんが(普通は住み込み)、郷里の知人が願い出た唯一の条件でした。

新弟子の親が、子供に車を買い与えようとすると、Tさんが許しません。「この子の全責任は、ワシが負っている。車は自分の甲斐性で買うものだ」。一事が万事で、今どきの若者の甘えに、Tさんが妥協したり振り回されることはありません。工務店の会長となったTさんの乗用車は、いつも軽自動車。「客あっての仕事で、客の前に大きい車で乗りつけるヤツの気が知れん」。生活全般に貫かれていたTさんの姿勢でした。

8月の初めに、大工の見習い仕事さえできないほどのケガをした新弟子が、親方に黙って郷里に逃げ帰りました。郷里の親からTさんに「ケガが治りましたら、帰します」と電話が入る。Tさんは厳しく、「そんな問題じゃない、黙ってすぐに戻してください」。

その新弟子が仕事もできない身体で渋々戻ってきた数日後が、現代の薮入り日(奉公人が年に2回、里帰りする日)の8月16日。Tさんはしきたりどおり、新弟子からの両親への小遣いや手土産としての親の下着と、新弟子自身の小遣いを持たせ、本人の着て帰る服と着替えも全部新品にして、薮入りをさせたのです。蛇足ですが、徒弟制度では、それらはすべて親方持ちです。

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