「起業家が育たない日本」はまともな社会だ 「ジョブズとトランプの価値観」が実は同じ理由

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・1990年代後半から2000年代前半(IT革命の前後)、シリコンバレーにおけるハイテク産業の開業率は全米平均をやや下回り、シリコンバレーを除いたカリフォルニア州の開業率の3分の2程度である(CESifoサイト)。

GAFAを生み出した「ファンタジーランド」

こうした「現実」にもかかわらず、なぜ起業家という「幻想」は消えないのか。それは、アメリカ人が、現実と幻想の区別ができないし、したくもないという気質をもつからである。

「シリコンバレーで、有能かつ幸運な一握りの人間がまれに巨万の富を得て、それに刺激を受けたほかの人たちが信じ願い続ける。個人の起業家が大成功を収める可能性はとてつもなく小さい。宝くじと同じだ。それに、テクノロジーで大当たりする可能性も低い。だが、1980年代と90年代に驚異的に大金持ちになった第一世代のデジタル起業家、ゲイツ、ジョブズ、ベゾスは、中年でも比較的若いうちに億万長者になった。今世紀、バブルがはじけて暴落が起きる前夜に成功した若きデジタル起業家は、30歳(グーグルのラリー・ペイジ)、25歳(スナップチャットのエヴァン・シュピーゲル)、23歳(フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ)で億万長者になった。これが夢をさらに大きくした。金銭的に大成功を収めるテクノロジー関係のスタートアップを指す新しい用語は何か?『ユニコーン』だ。子どもだけが信じる想像上の生き物である」(『ファンタジーランド  下』、p337~338)

大企業組織に立ち向かう個人の起業家は、反体制的な個人主義の理想に合致する。

各国の規制や税から逃れる寡占的な巨大IT企業(いわゆるGAFA)は、「自分の好きなことをしていい」という自由放任主義の産物だ。

そのGAFAが提供するのは、現実と幻想の区分をあいまいにするデジタル技術であり、「自分だけの真実」が見つかるSNSである。

成功する起業家の若さが強調されるのは、「みんな子ども」症候群の症例だろう。次の症例も同じである(最近、日本でも、同じような症例を見せる痛々しい企業が増えてきているが)。

「現代的でクールなオフィスでは(カリフォルニアでは特に)、管理職も従業員も子どものような服装をしているだけではない。職場に、スリンキーやミスター・ポテトヘッドなどのおもちゃ、テーブルサッカーや『HALO(ヘイロー)』などのゲームが完備されている。1990年代になると、職場でよく『楽しいかい?』と尋ねられるようになった。それが、仕事に満足しているかどうかを尋ねる標準的な言葉となったのである」(『ファンタジーランド 下』、 p29)

ここでも、スティーブ・ジョブズは象徴的である。

若き日のジョブズは、1960~70年代の若者文化(ヒッピー文化)の影響を強く受け、薬物を使用してハイになり、幻覚を見ていた。晩年、膵臓がんを患ったジョブズは、すぐに外科手術を受けていれば治癒する可能性があったにもかかわらず、フルーツジュース、鍼、薬草療法、インターネットで見つけた治療法、霊能者に頼っていたという(『ファンタジーランド 下』、p136~137)。

このように、起業家のイメージは、徹頭徹尾、アメリカ的=ファンタジーランド的なのである。だから、アメリカ人たちは、起業家という「幻想」から離れられないのである。

そもそも、「アメリカは山師、起業家、あらゆる種類のペテン師によって作られた」(『ファンタジーランド 下』、p373)国なのだ。ジョブズを生んだファンタジーランドで、トランプ大統領が誕生したのは、必然だったのではないか。

「日本では、起業家がなかなか育たない」などと嘆く声が絶えないが、それも当然である。ファンタジーランドの幻想をいくら追いかけたところで、現実にはならないのだ。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文‘Theorising Economic Nationalism’ (Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『奇跡の社会科学』(PHP新書)などがある。

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