「起業家が育たない日本」はまともな社会だ 「ジョブズとトランプの価値観」が実は同じ理由
しかし、リベラル派の「権威を疑え」「自分だけの真実を見つけろ」という相対主義を徹底すれば、客観と主観、あるいは現実と幻想の区別がなくなっていくのも当然であろう。リベラル派はトランプ政権を批判するが、「ポスト真実」「もう一つの事実」といった相対主義を振りまいてきたのは、本をただせば、リベラル派なのである。
自由放任主義と「みんな子ども」症候群
さらに、リベラル派の相対主義は、次の2つのアメリカ的な気質にもつながっている。
その1つは、極端な所得格差や巨大企業の市場独占を許容する「自由放任主義(新自由主義)」である。
「自分だけの真実がある」という相対主義は、「自分の好きなことをしていい」という自己中心的な個人主義を正当化する。それは、自己表現にふけったりマリファナを吸ったりする自由だけでなく、資本家が規制や税から逃れたり、従業員の400倍の所得を得る自由も許容する。自由放任主義は、リベラル派の相対主義と個人主義の帰結なのだ。
もう1つは、アンダーセンの言う「『みんな子ども』症候群」である。
相対主義を徹底すると現実と幻想の区別がなくなるが、現実と幻想の区別をしないということは、幼稚化するということでもある。幼児は現実と幻想をごっちゃにするが、大人になるにつれ、その分別ができるようになる。ところが、リベラル派の相対主義は、現実と幻想の未分化を是とする。要するに、いつまでも子どものままでいることを称揚するのだ。
1960~1970年代のリベラル派の価値観が育てた個人主義、自由放任主義そして「みんな子ども」症候群。
このアメリカというファンタジーランドを象徴する現象が、日本人が憧れてやまないシリコンバレーの起業家である。
そもそも、アメリカの起業家のイメージは、多くの「幻想」によって構成されている。日本人、そしてほかならぬアメリカ人自身が信じている起業家の「幻想」は、こんな感じだろう。
シリコンバレーでは、才能にあふれた若者が途方もない夢を抱き、その夢を実現するために、1人あるいは数名で起業する。アメリカでは、そうしたスタートアップ企業が続々と登場し、それがアメリカ経済のダイナミズムを生んでいる。とくに、1990年代のIT革命は、そうした若者が起業して夢を実現するチャンスを大きく拡大した。
このような起業家のイメージを象徴する存在が、例えばスティーブ・ジョブズである。
しかし、アメリカの起業家の「現実」は、こうである(『真説 企業論』)。
・ アメリカの開業率は下落し続けており、この30年間で半減している(「日本経済『長期停滞』の本当の原因」図1)。
・ 1990年代は、IT革命にもかかわらず、30歳以下の起業家の比率は低下ないしは停滞しており、特に2010年以降は激減している(「ウォールストリート・ジャーナル」記事)。
・ 一般的に、先進国よりも開発途上国のほうが起業家の比率が高い傾向にある。例えば、生産年齢人口に占める起業家の比率は、ペルー、ウガンダ、エクアドル、ベネズエラはアメリカの2倍以上である。
・ アメリカの典型的なスタートアップ企業は、イノベーティブなハイテク企業ではなく、パフォーマンスも良くない。起業家に多いのは若者よりも、中年男性である(『[新版]〈起業〉という幻想』)。
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