北方領土交渉のカギ握る日ソ共同宣言の本質 日ロ交渉はプーチンの思惑通りに進んでいる

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膠着状態を転換させたのがプーチン大統領だった。プーチン大統領は2000年の就任当初から、エリツィン大統領らが認めなかった日ソ共同宣言の有効性を認め、「共同宣言はロシアにとって義務的なものである」と語っている。2012年に大統領に再任されて以降、今日に至るまでその姿勢は変わっていない。

しかし、プーチン大統領のこうした見解は手放しで喜べるものではない。プーチン大統領は共同宣言の文言に細かくこだわり、機会あるごとに次のように語っている。

「共同宣言には2島を引き渡すと記されており、領土的性質を有するその他の要求がないことを意味している」「共同宣言には2島がいかなる条件で引き渡されるのか、どの国の主権の下に置かれるのかは書かれていない」

つまり、共同宣言に書かれているのは歯舞・色丹島だけであり、国後・択捉島は対象外である。しかも「引き渡す」ということの具体的な内容は明示されていないから、それ自体が交渉の対象になる。そして、引き渡すことがそのまま日本の主権を意味するとはならないというのである。

日ロ交渉の本質とは何か

すでに紹介したように、ロシアに対して共同宣言の有効性の確認を求めたのは日本だった。プーチン大統領はそれを逆手に取るように「ロシアにとって義務的なもの」と認めた。一方で、プーチン大統領はエリツィン大統領らが認めてきた、日ロ間の領土問題が4島の問題であるということにはまったく触れないばかりか、それは共同宣言とは別のものであるとして、4島返還を要求する日本を批判してきた。

つまり、日ソ共同宣言を基礎にした交渉の枠組みは、交渉の対象が4島ではなく2島に絞られること、しかも2島についての日本の主権を単純に認めるのではなく、引き渡しがどういう形で行われるかは今後の交渉次第ということを意味している。したがって、あたかも日本政府の要求が実ったように見えるが、実はプーチン大統領の思惑どおりに進んでいるという見方ができる。

実際の日ロ間の外交交渉がどのように行われているのかは、外部にはうかがい知れない。日本側がこれまでどおり「4島一括返還」「不法占拠」などと過去の文書などを持ち出して攻め立てているのかもしれない。しかし、歴史的な経緯や正当性などを持ち出してロシアに向き合えば、これまでの繰り返しになってしまう。安倍首相やプーチン大統領の政治手法などからすると、そんな訓詁学(くんこがく)的で不毛な交渉を避け、より現実的な話し合いをしているだろう。

しかし、ロシアは、ウクライナ危機を理由とするアメリカをはじめとした西側諸国のロシアに対する経済制裁に日本が参加していることや、アメリカ主導のミサイル防衛システムへ日本が積極的であることを持ち出して批判している。あの手この手を駆使して相手を追い込み、自国に有利な交渉を進めようとするのはロシアの常套手段である。返還される島の数だけ焦点を当てると、交渉の本質が見えなくなってしまう恐れがある。

また、安倍首相が本当に「4島一括返還」というこれまでの政府の方針を変えたのであれば、それをどういうタイミングで国民や国会に説明するのであろうか。これまた極めてハードルの高い課題である。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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