池上彰が説く「北方領土問題」の歴史、超基本 首脳会談直前!歴史的な経緯を振り返る

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その結果、当時の森喜朗総理大臣とボリス・エリツィン大統領の間で「2島先行返還」の話が内々にまとまっていたんです。いよいよ2島先行返還を具体的に進めようとなった時に、森内閣が支持率の低下で総辞職し、小泉内閣に代わりました。小泉純一郎総理大臣は、外務大臣に田中真紀子氏を任命。田中氏は2島先行返還の話を知った途端、これはなんだと怒ります。

田中真紀子氏の父は、元総理大臣の田中角栄です。豪腕の総理大臣として鳴らした田中角栄は、1973年にソ連のレオニード・ブレジネフ第一書記との会談で、「北方領土問題など存在しない」と言い続けていたソ連に、領土問題があることを認めさせた実績がありました。また、田中角栄は4島返還にこだわりました。

そのため、2島先行返還なんて、父の努力を台無しにするものだ。そんな話は聞いてないと、ちゃぶ台返しをして、全部なかったことにしてしまった。当然、ロシアは日本政府に対して不信感を持ちます。日本から2島先行返還提案をしてきたから、ロシアもその考えに賛同した。でも、日本側が断ってきた。その結果、現在も北方領土問題は、まったく動いていないということです。

首脳同士の仲も大きく関係

日本とロシアの関係の中で、4島一括返還は現実的には不可能です。4島一括返還を言い続けている限り、北方領土は戻ってきません。だから、2島だけを返してもらうやり方は、政治的にはありうると思います。

しかし、それによって右翼から攻撃されるかもしれないという思いがあると、なかなかそこに踏み込めない。でも、現在は保守派の安倍総理大臣です。右翼の多くは安倍総理を応援しています。安倍さんがやるのなら仕方ないと妥協する可能性はあります。

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だから、北方領土問題を解決するためには、安倍総理大臣が政権をとっている間が実はチャンスなのです。ロシアでも国民の強い支持を受けて大統領に再選されたプーチン大統領には、誰も逆らえない。トップの権力基盤が弱いときに、日本と妥協しますって言うと、国内で反発が出る。ところがプーチン大統領は、絶対的権力を握っています。

もうひとつ、ロシアには豊富なエネルギー資源が眠っています。ロシアはシベリアやサハリンでの天然ガスの開発に、日本の技術や資金の協力が欲しいのです。エネルギー資源開発を切り口に妥協が成り立つチャンスもある。

だから、ロシアが民主的かどうかとか、安倍政権の評価がどうかはまったく別にして、安倍総理大臣とプーチン大統領が両国のリーダーとして存在している間は、北方領土問題が少しでも前に進む可能性がある、ということです。

池上 彰 ジャーナリスト

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いけがみ あきら / Akira Ikegami

1950年、長野県生まれ。1973年慶應義塾大学卒業後NHK入局。ロッキード事件、日航ジャンボ機墜落事故など取材経験を重ね、後にキャスターも担当。1994~2005年「週刊こどもニュース」でお父さん役を務めた。2005年より、フリージャーナリストとして多方面で活躍中。東京工業大学リベラルアーツセンター教授を経て、現在、東京工業大学特命教授。名城大学教授。2013年、第5回伊丹十三賞受賞。2016年、第64回菊池寛賞受賞(テレビ東京選挙特番チームと共同受賞)。著書に『伝える力』 (PHPビジネス新書)、『おとなの教養』(NHK出版新書)、『そうだったのか!現代史』(集英社文庫)、『世界を動かす巨人たち〈政治家編〉』(集英社新書)など。

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