池上彰が説く「北方領土問題」の歴史、超基本 首脳会談直前!歴史的な経緯を振り返る

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戦争が終わったのに日本とソ連の間では、平和条約が結ばれていない。異常な状態をなんとかしなければいけない。1956年、鳩山一郎総理大臣がソ連に行き、ニキータ・フルシチョフ第一書記らと会談。鳩山総理とニコライ・ブルガーニン首相が「日ソ共同宣言」に署名し、国交を回復します。国と国との付き合いは、再開しようよということになりました。しかし、まだ平和条約は結んでいません。北方領土問題も未解決で、国境も確定していないままです。

この時、フルシチョフ第一書記は、日本とソ連が平和条約を締結したあとに、歯舞と色丹は返還すると約束しました。1945年の9月2日に国際法上では戦争が終結しているのにもかかわらず、ソ連は歯舞と色丹に侵略したという引け目があります。日本政府も、歯舞と色丹だけが日本のものだと発言したこともある。フルシチョフ第一書記との間で、平和条約を結んで、国境線を確定させる時に、歯舞、色丹は返しましょうという話になりました。

関係が悪化する出来事が起きる

ところが1960年、日本とソ連の関係を引き離す出来事が起こります。日本は岸信介総理大臣の下で、日米の軍事同盟がより強化された日米安全保障条約の改定が締結されます。

ソ連は態度を硬化させます。なぜか。当時は東西冷戦時代です。ソ連とアメリカは、冷たい火花を散らし続けていました。敵国であるアメリカと強い同盟を結んだ日本に、歯舞、色丹を返すわけにはいかないと、フルシチョフ第一書記の約束を反故にしてしまうんですね。この状態が、現在まで続いているのです。

現在も安倍総理大臣とプーチン大統領が北方領土問題をめぐって、議論をしています。プーチン大統領は、レニングラード大学法学部の出身です。法律は守らなければいけないという意識はあるはずです。

歯舞、色丹は、国際法上は戦争が終結したあとに奪ったものです。いずれ返さなければいけないという思いは持っている。でも返還後、そこにアメリカ軍基地ができてしまったら困る。ロシア側の立場に立って考えると、歯舞、色丹にアメリカ軍施設は置かないという約束が取りつけられれば、返してもいい、と本音では思っているでしょう。

では、2島だけ返還される可能性は高いと考えていいのか? そこが外交の難しいところで、簡単にはいきません。もし、日本がロシアとの間で、アメリカ軍の基地はつくらないという約束をしたら、当然アメリカは怒る。日本を守るために日米安保条約を結んでいるのに、アメリカ軍は日本国内で自由に行動できないことになる。

次ページ4島一括返還にこだわる理由
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