外国人の医療保険悪用より対策すべき大問題 病院は外国人患者にどう対応すればいいのか

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静岡県西部地区の医師274人を対象にした調査(2012年、筆者らが発表)では、59.9%が外国人患者を週1回以上診療し、約90%の医師は患者が連れてきたアドホック通訳者を介してコミュニケーションをとっていること、医師は外国人患者に対して積極的にコミュニケーションをとることが難しく、コミュニケーションの質は日本人患者に比べて低いことがわかった。さらに、外国人患者とのコミュニケーションにギャップを感じたと回答した医師は54.4%であった。

前出の調査(2005年発表)では、ブラジル人が日本の医師の診療プロセスに不満を抱いていたのに対し、日本人医師は、ブラジル人患者に「様子をみてくださいの意味をわかってもらえない」「症状の説明で納得させることができない」「多くのことに説明を求めてくる」「痛みの程度や性質が把握できない」と苦労していることがわかった。

このようにブラジル人患者と日本人医師の間で認識の違いがある。このような問題を解決するためには、言葉のハンディキャップを解消することが最優先課題である。

全国自治体病院を対象にした調査(2015年、筆者らが発表)では、外国人患者の受け入れ人数が少なくてもインシデント(重大な事故につながったかもしれない事態)は発生していることがわかっている。このことから、病院の規模にかかわらず、リスクマネジメントの観点から、訓練を受けた医療通訳者が求められていることが明らかになっている。

この調査では、外国人患者を受け入れるためには訓練を受けた医療通訳者が必要であると考えている病院は270病院中84.4%であった。他方、医療通訳者の利用が診療報酬で認めたら利用すると考えている病院は272病院中21.0%、わからないと回答した病院は69.5%であり、医療通訳者ニーズの理想と現実にはギャップがあった。

ただし、派遣や雇用された通訳者を利用したことがある病院は、診療報酬が認められれば専門の医療通訳者を利用したいと考えている割合が多かった。また、病院通訳者が介在した診療場面の調査(2016年)では、日本語で意思疎通が難しい患者であっても、病院の通訳者が介在した診療では患者は医師からの説明がよくわかったと認識していて、満足度も高いことがわかっている。

地域に根ざした体制づくりが必要

地域に暮らしている外国人住民の特徴は、国籍、年齢、在留資格、就労の種類など地域によって異なる。

筆者が暮らしている静岡県の在留外国人数は全国8位で、ブラジル国籍が最も多い特徴がある。県内では英語以外の医療通訳者を探すのは難しく、通訳者がいなくて困っていて、日常会話ができるくらいの人が医療現場で通訳をしている現状があった。

そこで筆者は2013年、外国人住民で自ら地域で活動する医療通訳者となる人材を養成するための研修を実施した。「通訳ミスによる医療過誤を起こさないこと」を目標とし、県内に住んでいるブラジル人28人が修了した。この研修修了生には、医療拠点病院に雇用されて通訳者として活動している人もいれば、派遣会社の通訳者として活動している人もいる。

今後、外国人労働者を積極的に受け入れるにせよ、受け入れないにせよ、外国人患者が安心・安全な医療サービスを受けられるよう法的整備を行うことが必要だろう。さらに、医療通訳者のサポート団体や地域で実績を積み重ねてきている団体などと情報を共有しながら、地元の医療機関、関連団体、NPO、住民のネットワークを活かして、地域に密着した医療通訳体制を模索することが肝要になってくるだろう。

濱井 妙子 静岡県立大学看護学部講師

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はまい たえこ / Taeko Hamai

福岡大学薬学部薬学科卒業。東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻修士課程修了(保健学修士)、同博士課程中途退学。北九州市立病院薬剤部、静岡県立大学看護学部の助手、助教を経て現職。2002年日本医療薬学会論文賞受賞。主な研究テーマは、外国人医療支援の推進に関する研究、外国人患者と医療者間におけるコミュニケーション・ギャップの実証的研究など。

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