大谷翔平・元コーチが説く「教えない」理由

吉井理人「コーチだけにはなりたくなかった」

そうなるのが嫌だったはずなのに、僕は同じことをしている自分に気づいていた。ただ、自分の経験を「積極的に」教えていたわけではない。聞かれたから答えただけだ。ほかのコーチとは違う。選手にとっては、嫌な体験になっていないはずだ。心の中でそんな言い訳をしながら、コーチとしての力量不足をごまかしていた。2年間一軍のコーチとして仕事をしたが「これでええんかな?」という迷いは消えなかった。

だが、結果が出てしまった。それまで勝てなかった若手選手が勝てるようになった。くすぶっていたベテラン投手が息を吹き返した。調子の波が大きく不安定だった投手が、コンスタントなピッチングができるようになった。チームとしても、コーチ初年度の2008年は3位を確保し、2009年はリーグ優勝を果たした。

コーチとしての僕の教え方は間違っている。でも、どのような指導をすればいいかわからない。僕は限界を感じ、コーチとしての勉強に本気で取り組まなければ、コーチとして破綻すると思った。コーチングの理論を体系的に学ぶ必要性を感じ、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻課程で、スポーツコーチングを一から勉強し直した。

なぜ「教えて」はいけないのか

なぜコーチが教えてはいけないのか、僕の経験を交えながら5つに分けて解説する。

教えてはいけない理由1:相手と自分の経験・常識・感覚がまったく違う

僕が現役時代に体験した、嫌な指導方法は数えきれない。高卒ルーキーとして初めてプロ野球の世界に入ったとき、コーチと自分の感覚が違うのに、その差異を話し合う機会も持たず、強制的にやらされる指導法に辟易した。

たとえば体力トレーニング。僕は筋肉の瞬発力をつけたいから短い距離のダッシュをしたかったのに、コーチはスタミナをつけるために長距離を延々走っておけと指示する。筋力トレーニングもそうだ。本当は腕や足や背筋のウェートトレーニングをしたいのに、そんなの必要ないから腸捻転になるぐらい腹筋しておけと強制される。

この時点で、僕の現状の課題を克服するために必要なトレーニングについて両者で話し合えば、納得して練習に取り組める。しかし、納得できないまま強制されたら、目的を見失ってトレーニングの効果も薄れてしまう。選手の感覚を無視して、自分の経験を押し付けてくるコーチは本当に嫌だった。

僕の頭の中には、短い距離のダッシュをする明確な理由があった。僕にはスタミナがある。だから瞬発力をつけるほうが効果的だと思っていたのだ。そのための方法として、短い距離をダッシュしたほうが良くなると考えていた。それが理由だ。

もちろん、コーチが僕の考えを覆すような明確な理論の裏付けの基、長距離を走れと指導するなら、それは納得して取り組む。しかし、理論の裏付けもなく、ピッチャーはとにかくスタミナをつければいいという自分の経験だけでやらされるのが嫌だった。コーチの常識と、選手それぞれの常識は、絶対に違う。

プロの世界に入ってくる選手には、やりたい方法を持っている選手は多い。違いがはっきりした時点で話し合い、その考え方は違うと論理的に説明されれば、理解し納得してコーチの指導のとおりにやる。

しかし、理由も説明せず「文句を言うな、いいからやれ」と言われたら、選手はやる気を失う。ただし、やり方がわからない選手に「いいからやれ」という指導が効果的な場面もある。どちらのケースもありうるからこそ、まずは選手を見て、選手と話し合う必要があるのだ。

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