大谷翔平・元コーチが説く「教えない」理由 吉井理人「コーチだけにはなりたくなかった」

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僕のアドバイスが、彼の野球人生を狂わせてしまった。コーチとして最低のアドバイスをしたと、反省と焦りが生まれた。彼が球団に戻ってフロントの仕事をするようになったことだけが、不幸中の幸いだった。路頭に迷わなくてほっとしている。

彼と同じアドバイスをして、正確に理解し、思いどおりに身体を動かせる選手もいる。言葉の理解力が高く、理解したように身体が上手に使えるかどうかの差だ。つまり、頭で考えたことを、身体をうまくコントロールして実現できる能力があるということだ。

プロ野球選手になれるぐらいの選手だ。多くの選手は頭の中のイメージにそこそこ近い動きはできると思う。しかし、時折まったくできない選手がいる。例に挙げた選手だけではなく、今のファイターズの中にも何人かそういう選手がいる。

完璧にできるのはダルビッシュ有選手

これまでコーチとして関わった選手の中で、完璧にできるのはシカゴ・カブスのダルビッシュ有選手のほかに見たことがない。ほかの選手ができるといっても、ダルビッシュ選手との間には圧倒的な差がある。日本のトップ選手が集まるプロ野球界でも、他人の言葉を自分の感覚に変換して完璧に再現できる選手はほとんどいないのだ。

コーチのアドバイスは、本来、選手にとっては邪魔なものである。だからこそ、コーチは自分の経験に基づいた言葉だけでアドバイスするのは避けるべきだ。選手の言葉の感覚をしっかりとつかみ、その感覚でアドバイスしてあげなければならない。

簡単に言えば「わかる」と「できる」の違いだ。言っていることはわかるが、そしゃくできない、腹に落ちてこないのは、その選手の言葉の感覚に近づけていないからだ。だからこそコーチは「その選手だったらどう思うだろう」と想像する能力が求められるのだ。技術指導、とくにピッチングのような感覚的な動きを教えるのは難しい。

選手の言葉の感覚をつかむのは難しい。だから、できるだけ選手と話す機会を持ち、できるだけ多くの言葉を選手に語らせる。その都度、彼が口にする言葉の感覚を細かく把握していく。選手からすれば、面倒くさいコーチと思われるだろう。しかし、これは選手にとっても意味があることだ。自分のパフォーマンスを頭で理解できないと、言葉にはできない。頭で理解できないことは、身体でも表現できない。

「パッとやってグッとやってブッとやる」

自分の動きをそんな意味不明の言葉でしか語れず、にもかかわらず飛び抜けた結果を残せるのは、ほんのひと握りの天才だけである。

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