日本人苦学生がNYの不動産で成功したワケ

愛娘の死を経て深まった、夫婦の絆とは

「自分1人だと何もできないとわかっている」。アメリカで成功した大坪さんが大切にしてきたのは人との絆だった(筆者撮影)
世界で活躍している日本人の共通点――。それは「夫婦仲がいいこと」かもしれない。海外で生活していると言葉の壁、文化の壁など乗り越えなければならない困難が多いうえ、頼れる親や兄弟も近くにいない。ゆえに支え合えるパートナーが必要不可欠なのだろう。
それにしても、彼らが「仕事も家庭もうまくいっている理由」とは何なのだろうか。そんな疑問を解き明かすべく、結婚4年目のニューヨーク在住ライター鮫川佳那子氏が、世界で活躍する“おしどり夫婦”を取材し、彼らの「成功の秘訣」を探る。

今回お話を伺ったのは、結婚44年目の大坪さん夫妻。夫の賢次さんは、1981年にニューヨークで起業し、現在は全米で不動産ビジネスを展開している。

またビジネスの成功もさることながら驚くのは、その人脈力。ニューヨーク・タイムズの社長からゴールドマン・サックスの会長など経済界だけでなく、大統領はリチャード・ニクソンからドナルド・トランプ、日本の総理大臣は佐藤栄作から安倍晋三と政界の重鎮まで実に幅広い。

しかしもともとは、新聞配達をしながら大学に通う苦学生だった賢次さん。そんな賢次さんが、なぜアメリカで成功できたのか。その裏には、約50年にわたる壮大な人生ドラマと、妻・理恵さんの内助の功があった。

新聞配達の苦学生が単身ベトナムへ

1944年に新潟県で生まれた賢次さん。高校卒業後は日本大学法学部に進学するとともに、新聞販売店で住み込みで働き始めた。

朝3時に起きて新聞を配達し、9時に大学へ行き、午後3時には再び夕刊を配達するという日々だった。これでは十分に勉強することができないと考えた賢次さんは、のちに牛乳配達の仕事を始めた。なぜなら、牛乳配達は朝だけ仕事をすればいい。しかも当時大卒の給料が2万円だったときに住み込みで2万5000円と高待遇だったからだ。

とはいえ、学業と連日のアルバイトを両立するのは大変だったのではないだろうか。その問いに対して、賢次さんはこんなふうに当時を振り返り笑った。

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